3366手間
ごくりと生唾を騎士の誰かが呑み込む音が聞こえるほどの静寂の後、「放て!」と裂帛の気合を載せた声が聞こえると、バツンと弾ける音が幾つもほぼ同時に鳴り響く。
十分に引き付けて射ったボルトの大半は、ゆっくりと近づいてきたホブゴブリンの群れの前列に当たり、鎧すらも貫通する威力の矢だ、奴らの着ているただ革をつぎはぎしただけの服や申し訳ばかりに付いていた獣の頭蓋で作った肩当などを容易く貫通し、その勢いで当たったホブゴブリンたちは後ろに弾けるように倒れこむ。
魔法や銃のように爆発音などもなく、ホブゴブリンからすれば突然前列の奴らが倒れこんだのだ、混乱したホブゴブリンたちは立ち止まり、さらに後ろから来た状況が分かっていない奴らがぶつかり合い、さらに混乱が広がってゆく。
「第二射、放て!」
混乱を好機と判断した騎士は、ここぞとばかりに二射目、三射目と続けて放ってゆく。
やぶれかぶれか、時たま飛んでくる石斧や魔法は、最前列の騎士たちが持つ大楯によって防がれて陣形は崩れることは無く、小賢しくも仲間の遺骸を盾に近づこうとしたホブゴブリンもいたが、クロスボウの貫通力の前にその盾ごと貫かれ倒れ伏す。
ホブゴブリンたちは近づくことすらも出来ず、騎士たちが勝利を確信しその緊張感がやや弛緩が生じたところに、まるでその隙を見逃さない、叱咤するとばかりに暗い森の奥からホブゴブリンの遺骸が投げつけられ、それを防いだ騎士があまりの勢いに後ろに倒れ伏す。
「ふむ、やっと来たかえ」
「今のは……」
「巨大な個体が投げたのじゃろうな」
成人男性ほどの大きさのホブゴブリン投げ込んだのだ、その膂力を文字通り身を以て退官した騎士たちは、倒れた騎士の穴を塞ぐように隊列を組みなおし、倒れた騎士を後ろで待機していた騎士が数人掛かりで後ろに引きずってゆく。
「さて、どう対処するかの」
「騎士たちは大丈夫だろうか」
「ま、本当にまずいとなった時はワシが助けるからの」
あまりの威力に怯んだのはクリスも同じだったようだが、こちらにはワシが居るのだ、致命的なことには決してならない。
クリスとそう話している間にも、二体目、三体目と次々と投げ込まれてくるが、先程のこともありしっかりと踏ん張っていた騎士たちにより、何度目かの投擲は何の被害も出すこともなく防がれた。
だからという訳ではないだろうが、投げ込まれてくるホブゴブリンの中に生きている個体が混じってきたが、勢いよく大楯にぶつかるせいで投げ込まれた時点で瀕死になっており、事もなげに騎士たちによってとどめを刺されてゆく。
「盾を通り越して投げ込めば、まだ効果はあったじゃろうが」
「それはそれで投げ込まれた時に、体を打ち付けて弱っておりそうじゃがの」
ホブゴブリンどもに受け身の心得などないだろうし、下手に上に投げれば木の枝にでも引っかかる。
そうなるとある程度勢いよく水平方向に投げる他なく、そうなればやはり地面に叩き付けられて投げ込まれた奴は大打撃を受ける。
「まぁホブゴブリンを投げている内は安全かな」
「そういうことを言っておると」
あの勢いで斧など投げられたら、そんな言葉を呟いた瞬間、まるでその言葉に応えるかのように、今までとは比にならない速度で石斧が飛んできたものだから、ワシは苦笑いしながら言わんこっちゃないと、小石を拾い投げて石斧を撃ち落とすのだった……




