3365手間
暗い森の中を進んでゆけば、こちらを最初に見つけるのはホブゴブリンの群れだ。
それは人と魔物の身体能力の差以外にも、奴らが怯え切っているからに他ならない。
森の中で生き残るのは、結局びくびくと周りを窺っている臆病者なのだから。
「ふむ、向こうは気付いたようじゃな」
「襲ってくると思うかい?」
「十中八九、襲ってくるじゃろうな。アレは魔物の本能、といってもよいのかのぉ、まぁ逆らえ得ぬ性じゃよ」
魔物、ここでいうのは穢れたマナで出来た本物の魔物であるが、アレらは少しでもマナを摂取しようとして人や他の動物を襲うのだ。
なにせそうしなければ自分の身体を維持できないのだから、生きてはいないが所謂死に物狂いという奴であるが、こちらの生き物である魔物はどうなのであろうか。
何故に人を積極的に襲うのか、やつらの巣の状況から、増える為という説が一般的ではあるが、わざわざ攫ったりしてまで増えようとする性質はよく分からない。
「まぁよい、なんにせよ襲ってくるのは確定じゃ」
「それにしても、先程まで怯え切っていたのに、いきなり襲ってくるのかい?」
「嫌な予感と見えぬのに叩き付けられる殺気に晒されておったのじゃ、もしかしたら逆恨みしてるやもしれんのぉ」
「流石にこっちを逆恨みするのは、お門違いじゃないか?」
「殺気が収まったところでやってきた集団じゃぞ? 原因と思われても致し方なかろう」
事実ワシが居るのだから正しく元凶、逆恨みなどではなく正当な恨みであるが。
何にせよ襲い掛かってくるのは事実、ワシの言葉を聞いて大楯を持った騎士たちが前に出て、その後ろでクロスボウを持った騎士たちがボルトを番え弦を引き絞る。
しばらくして森の奥がにわかに騒がしくなり、幽鬼の如くやつれ、しかし目は爛々と光っているホブゴブリンの群れが現れた。
「ふむ、随分とやつれておる」
「数日間逃げ回ったんだろう? なら、ああもなるだろうさ」
「ま、痩せておるならば、こちらとしては好都合じゃ」
「クロスボウ、構え!」
藪をかき分けやってくるホブゴブリンに対して騎士が指示を出せば、一糸乱れぬ動きでクロスボウを構え、じりじりと近づいてくるホブゴブリンを引き付ける。
そしてやや緊迫した静かな時間が続いたのち、静けさを破る裂帛の気合を載せた声が響き渡るのだった……




