3364手間
空と陸の境目が白み始めた頃、クリス率いる騎士団が森の奥へと分け入り、ワシも道案内として同道する。
「いつ木陰から魔物が飛び出てくるかと思うと、なかなかに緊張する場面だね」
「その辺りはワシが把握しておるから、不意打ちされることは無いのじゃ」
まだまだ暗い木々の下、ランタンのわずかな光を頼りに先に進むクリスが、ぼそりとワシにだけ聞こえるような声でつぶやく。
今は先頭の騎士が剣を持って後続の為に藪を払いながら進み、その後ろには大楯を持った騎士が有事にはすぐさま先頭に出れるように続き、更にその後ろにクロスボウを持った騎士とワシら、そしてその後ろに大楯を持った騎士と剣を持った騎士が混在し背後を守ると言った布陣だ。
なので余程近くから不意打ちされなければ隊列が乱れるようなことは無いであろうし、そもそもワシがそこまでの接近を許すわけがない。
「そうじゃ、このまま真っすぐじゃ」
ホブゴブリンに気取られぬよう、微かな輝きの光球と言葉で先頭の騎士を導きながら、獣や魔物の気配を探りつつ暗い森の中をすたすたと歩くワシに、側に侍る騎士が瞠目しているが、そんな視線に構っている暇はない。
「まだまだホブゴブリンの群れは先じゃ、今からそんな調子では着いた頃には疲れ果てておるぞ」
「分かってはいるけれども、向こうだって、唯々ぼうっとしている訳じゃないだろう?」
「そうじゃな。とはいえ、向こうはこちらよりも随分と怯えておるじゃろうよ」
「セルカは一体奴らに何をしたんだい?」
「なに、ちょいと嫌な気配と殺気で、森の中から追い立てただけよ。それを昼夜問わず数日間じゃからの、向こうは今頃心身ともに疲労困憊じゃろうて」
「それは…… 魔物を少し憐れに思ってしまうな。無論、同情などしないが」
寝る暇もなくいつ襲われるかどうかという、心胆を寒からしめる数日を過ごしたのだ、自分から襲ってやろうなどという余裕はないだろう。
「ならば、ここまで警戒する必要もないんじゃないかい?」
「それでは騎士たちの為にならぬじゃろう」
適度に疲弊してもらわなければ、彼らも功績を挙げたとは思えないだろうし、これが普通だと思われても困る。
もちろん、普段から魔物の対処をしているので、これが普通だとは思うことは無いだろうが、それでもある程度は疲れ果てて貰った方が街に戻った時にもらしく見えるだろう。
そういった意味のことを、殊更小さな声でクリスだけに聞こえるように伝えるのだった……




