3361手間
魔物を森の奥から追い立てると言っても、別にぎゃあぎゃあと騒がしくして勢子をする訳ではない。
とはいえ追い立てられる彼らからすれば、そちらの方が随分と嬉しかったことだろう。
奴ら、ホブゴブリンを追い立てる術は、ワシのマナと殺気の二つ、音も姿もなく奴らを追い詰める。
獣たちには安心感を与えるが、魔物には何とも言えない不快感を与えるマナを発する魔晶石を、ワシが探し当てたホブゴブリンの群れの奥にまず設置する。
こうすることで、獣たちの生息域には影響を与えず、ホブゴブリンの群れだけに、森の奥から逃げたくなるような気配を漂わせる。
その何とも言えぬ不快感を伴った気配にホブゴブリンどもが気付いたところで、奴らは多少森の手前に移動する程度であり、大きく動くことは無い。
そこで彼らの首元に今にでも噛みつきそうな獣が居るのではという幻覚を、思わず見てしまいそうな殺気を薄く当ててやる。
「うむ、魔晶石の気配を避けつつ、殺気から逃げ始めたの」
魔晶石は逆に森の奥へと、殺気を避けて逃げない為の堰のようなモノだ。
魔晶石は広範囲にばらまけるが、さっきはどうしてもワシ個人から発せなければいけない以上、横に逃げられるとそれをまた元の位置に戻してと、どうしても手間がかかる。
なのでまずはこっちに行くのは嫌だと、そう思わせてから逃げるように仕向けたのだ。
ならば魔晶石で一直線に野営地までといきたいが、それはそれで混乱して森の奥へと逃げ帰ってしまうかもしれないために、じわじわと追い立てる他ない。
「よしよし、網に追い立てられる魚のように、一か所に集まり始めたようじゃな」
森の奥から段々と地引網のように魔晶石の範囲を絞ってゆけば、森の奥でバラバラに散らばっていたホブゴブリンの群れが一所に集まってゆく。
元より一つの巣からやってきた群れだ、合流したところで反目し合う訳でもなく、そのまま一つの群れとなっていた。
多少は同士討ちするかと思っていたが、すんなりと一つになったのは意外だったが。
「まぁ多ければ多いほど、クリスの武功になるからよいがの」
ホブゴブリンの群れが恐慌状態に陥らないようにゆっくりと、数日掛けて森の奥から追い立てて、野営地にほど近く、しかしすぐにはお互い気付かない程度の距離に来たところで追い立てるのを止め、ワシはぐるりとホブゴブリンの群れを遠回りして避けてから野営地へと戻る。
するとそこには当初の予定よりも早く着いたのか、既にクリスの姿があった。
「おやクリスや、もうこっちに着いておったのじゃな」
「ちょうど先ほど着いたところさ、セルカは一体どこに行っていたんだい?」
「森の奥から、クリスが狩りやすいように、ホブゴブリンの群れを追い立てておったのじゃよ」
「なるほど」
「ところで、クロスボウは持ってきておるじゃろうな」
「あぁ、報告通りにしっかりと用意させたよ」
普通の奴はともかく巨大な個体には槍や剣は危険だから、クロスボウと矢玉を大量に用意しておくようにと報告したが、クリスはちゃんとその報告を受けてしっかりと用意していたようで、荷馬車から下ろされている木箱を指差し胸を張るのだった……




