3350手間
肉を焼く匂いというものは人だけでなく獣も好きなのか、こんな森の近くで焼けば当然引き寄せるものだ。
しかしいかに腹をすかせた凶暴な狼であろうとも、ワシの気配が無くともこれだけ人が集まっていれば近づいてはこないのだが。
狼と聞けば凶悪で人と見れば襲い掛かってくる獣という印象があるかもしれないが、向こうだって獲物は選んでいる。
何せ人は自分たちよりでかいのだ、そんなモノがたくさん集まっていたら、それだけで襲い掛かって来ることは無い。
もちろん襲い掛かって来ないだけで狙わない訳ではなく、群れからはぐれた間抜けを待っているのだが。
「ふむ、この気配は狼ではなさそうじゃな」
「どうかされましたか?」
「いやなに、おこぼれに預かろうというものが、ここを狙っておるようじゃが」
「狼でしょうか」
「いや、この稚拙な気配は狼ではないのぉ」
狼よりかなり近づいて来ている上に、その気配を隠そうともしていない。
こんな森の中でそんなことをするのは、人かホブゴブリンくらいしかいないだろう。
そして何より人であるならば、こちらを窺っているということは野盗であろうが、野盗であれば相手が騎士となれば一も二もなく逃げ出している。
となれば後は一つ。
「ホブゴブリンが、肉を焼く匂いに釣られたようじゃのぉ」
「狩って来ましょうか」
「そうじゃな、いや、騎士たちに行かせようではないか」
それが仕事であろうと騎士たちにホブゴブリンの存在を伝えれば、肉を食べるのを邪魔をされたからか、騎士たちは猛然と剣を手に向かい、あっという間に仕留めて戻ってきた。
「まさかホブゴブリンが、この周辺にまだいるとは思いませんでした」
「匂いに釣られて出てきたのじゃろうな。おぬしらが暫く狩り続けたおかげで、やつらはまともに食事にもありつけておらんじゃろうからの」
「なるほど、ではここで肉を焼けば奴らを呼び寄せることが」
安全の為に野営地周辺は徹底的に掃討したらしいが、警戒心の薄い奴らがそう長く避け続けることがあるわけがない。
何より騎士たちによって追い続けられ、まともに狩りも出来ていないだろうし、何より安全なあの幻術の中には、そもそも幻術のせいで食料となりそうな獣も居ない。
そんな時に肉を焼く良い匂いがすれば釣られるのも道理、だがそんな事の為に肉を焼き続けることも出来ない、それに匂いが広がるのは風次第、やはり自分の足でしっかり探し出した方が良いだろうと、ワシは騎士の意見を却下するのだった……




