3346手間
翌日、ワシは近侍の子らが出発した時刻よりも随分と遅い時間に、ゆったりとまるで散歩するような軽装で森の中へと向かう。
「このような時間から向かって、獲物が居るのでしょうか?」
「森の中で、ワシから逃げれる者なぞおらんのじゃ。水場なぞを探し回る必要もないしの、一直線に獲物の下に迎えるのであれば、いつ出ようと問題ないからの」
獲物の位置を把握しているのであれば、別に早い時間に出て獲物を探したりなどとする必要もない。
今追っているのは三匹固まっている獲物の気配、大きさからして熊や狼などではなく、恐らくは鹿辺りであろう。
弓も持っていないワシが、一体どうやって狩るのかなんて考えているであろう不思議そうな顔をしている狩人と、反対に信頼し何故か自信満々な顔をしている近侍の子らを引き連れ、獲物の気配が風上になるようやや遠回りしながらも段々と気配の元へと近づいてゆく。
「ふむ、やはり鹿じゃったな」
「本当に鹿が……」
「水を飲んでいるようですね」
三匹固まって頭をゆったりと上下させている鹿の姿に、本当に居たと驚く狩人と見たままを口にする近侍の子ら。
「ナイフは二本で十分じゃな」
「二本、ですか?」
「んむ、二本で十分じゃ」
「神子様が二本で十分と仰られるのでしたら、二本で十分なのです」
ふんすふんすと鼻息荒く、近侍の子がワシに宣言通り、恭しく二本のナイフを差し受け取ると軽く上に放り投げ、くるくると空中で回っているナイフを一本ずつ空中で掴むとそのまま鹿へと投げつける。
そして二本投げ終わったところでつま先で足元の小石を一個、足首を軽く動かしワシの胸元辺りまで浮かべると、軽く殴って最後の一匹へと小石を撃ち出す。
最初に投げた二本のナイフは、ほんのわずかにずれたタイミングで、狙い過たず鹿の首に突き刺さり、ナイフが刺さった鹿は、首に刺さったナイフに引っ張られるように浮いたのちに地面へと倒れ、それに驚いた最後の一匹は、何が起こったかを理解するより前に飛んできた小石が頭に直撃しその場に崩れ落ちた。
「これでよかろう」
「いったい何が」
「なに簡単じゃ、最初に三匹目を狙うに邪魔な手前二匹をナイフで仕留め、やや間を開けて飛ばした小石で最後の一匹を仕留めただけじゃよ」
「この距離で、ですか……」
弓でも中るかどうか難しい距離なのにと愕然としている狩人を横目に、近侍の子らはまるで猟犬の如く猛然と仕留めた獲物の下へと向かうのだった……




