317手間
ワシの前にはずらりと平伏している人たち、この中で一番位が高いのだろう一人だけ前に出て、その背後を開けるようにして左右に別れ十人が横一文字に並んでいる。
合計二十一人が平伏しているのは何とも言えない威圧感がある、それから開放されるためにもとりあえずここで突っ立っているわけにもいかない。
着物の裾をずるずると引きずりながら中へと足を進めれば、背後でそっと襖が閉められる気配がし外の喧騒が遠くなる。
耳の良い獣人にとって、いやヒューマンにしても襖一つ隔てた程度では防音にはさしたる効果もないだろう。だがここはそれだけにもかかわらず水底のような静謐さを湛えている。
「本日は遠路お出座しをたまわりまして、恐悦至極に存じます」
「……お出迎え大義じゃの、皆も面を上げい」
頭を下げたまま声を発したのは灰青の毛並みを持つ狐の獣人、女皇より多い二尾の尻尾がゆらゆらと目の前で揺れている。
仰々しい挨拶してくる、そんな相手はカカルニアでの公爵夫人をやっていた頃にもそれなりに居た。
なので彼女らが欲しているであろう言葉をかければ、まず先頭の狐の獣人が頭をあげる。
それに続いて長い棒でも括り付けているのかと思うほど、見事に揃った動きで後ろに控えている者たちが頭をあげる。
「ご尊顔を拝謁する栄誉に浴しましすこと、まこと――」
「あー…よいよい。堅苦しい挨拶なぞ不要じゃ」
肩口で切りそろえた髪をゆらし、はちみつ色の瞳でワシをじっと見つめる狐の獣人。
口説き文句とは別の意味でこっ恥ずかしくなるセリフを、尚も続けようとする彼女の言葉を切って制する。
「はっ。では失礼いたしまして、初めまして私はここで巫頭の任を仰せつかっておりまする、ナギと申します」
「ふむ、既に聞き及んでおるじゃろうがワシはセルカじゃ」
見た感じ二十代後半といったところだろうか。キリリ吊り上がったとした眉と目尻は何となく親近感を覚える。
後ろに控えている者たちは挨拶をしないのだろうか、膝の上に手をおき僅かにこちらに頭を下げる形でじっとしている。
そのナギ以外の者たちの中に狐の獣人は居らず、耳の形から犬猫ばかり…中には珍しく獣に近い形の獣人も混じっている。
「長らくここに詰めておりますが、生まれながらに神子となられるに相応しい方をお迎えしたのは、初めてでございます」
「お主に認められると神子になれるとか聞いたじゃが…スズシロらの話を聞いておるとワシは既に神子であるとか皆がいっておるようなのじゃがどうやって決めておるのじゃ?」
「いえいえ私などが認めるなどと畏れ多い、私めはお手伝いをしているに過ぎませぬ」
挨拶が終わり手早く侍中がワシの座る座布団を用意しそこへと座れば、憧憬か畏れどちらともつかぬ声音で言う。
それを丁度良いと、ナギにどうやって神子を選んでいるのか聞くことにした。
「ワシはこの国の生まれではないからのぉ、問題ないのであれば色々と教えて欲しいのじゃが」
「私がセルカ様にお教えになるとは何たる光栄、喜んでお話いたします」
「頼むのじゃ」
「神子とは本来、巫女の長であり祭事の長でございます」
「巫女の長はお主では無いのかえ?」
頭と名乗っているのだから、普通に考えれば彼女が長なのだろうが…。
「巫頭とは神子の補佐や不在の際の代行でございます」
「ふむ、なるほど。そうじゃったか…」
「ですが、これは神子だから必ず行わねばならぬということではございませんのでご安心ください。そのために私のような巫頭がいるのです」
「それを聞いて安心したのじゃ、して神子というのはどうやって選んでおるのじゃ?」
「神子になる為にはまず大前提として、狐の獣人であり二尾を持つことが必要であります」
「ほほう、ということはお主もそれに当てはまるのでは無いのかえ?」
「これは失礼をば…生まれながらの二尾以上の者…でございます、私はここで過ごす内に二尾となったのです」
尻尾が増えるという新事実に驚くとともに、狐の姿に化けれるのだからそこまで不思議なことでも無いかと納得する。
「大前提ということは他にもあるのかえ?」
「はい、その様な神子候補の内なりたいと思う者が此処に集い、選定の儀を行うのです」
「強要ではないとは良いのぉ」
「と言いましても、この国で神子とは侍中や女皇陛下とは違う象徴でございますので、まず選定の義を行うに否やをいうものはおりませぬ」
ふむふむと聞いていてふと思いついたのは、神子がいる時はその儀を行ったりするのかどうか。
「その選定の儀とやらは神子が居るうちはどうしておるのじゃ?」
「変わらず執り行われます。そこで神子となる資格があれば次代の神子として当代の御側付となります」
「ふぅむ…代替わりはどうなっておるのじゃ?」
「基本的に当代の方がお還りになられた際に行われます。後はまずありえませぬが資格を失った場合でしょう」
お還り…要するに死んだ時という事だ、しかしそうなると問題なのはワシは月日だけでは死なぬということ。
「ふーむ、となると問題があるのぉ」
「それはどういう事でしょうか?」
「ワシは…簡単に言えば長生きじゃからのぉ…そうなると神子になりたいものに代替わりというのが出来ぬ……」
「お…おぉ…流石、さすがにございます。神子に仕えるも大変な栄誉。神子様、セルカ様がお心を痛める必要はございませぬ」
「うぅむ…」
ワシが納得してないような唸り声を出したからか、その後こんこんと如何に神子に仕えることが素晴らしいことかを聞かされることになるのだった…。




