316手間
スズシロの指示す先、間違いかと何度か見直したがそれ以外に人が乗れそうなものは無い。
ご丁寧に着物の裾を引きずっても汚れないように、ご丁寧に赤絨毯よろしく畳の表面、茣蓙のような敷物まで用意されている。
もちろんこれはサイズが合っていないのではなく、裾を引きずるデザインの着物だからだが。
けれど、今はそんなことよりも乗り物だ…。
「のう…スズシロや……ほんにコレに乗るのかえ?」
「ええ、境内では狐と人の以外を入れて、不浄があってはいけませんから」
戸惑い気味にそれを指差すワシに、スズシロが最もなことをいう。
確かに牛や馬など入れては掃除が大変だろうから…人の手による乗り物となるとたかが知れている。
「あぁ、うん…まぁそうじゃろう、しかしこれは誰が担ぐのじゃ」
「もちろん、私どもが責任を持って」
「これ…以外には無いのかの?」
「はい」
それにしたって、すごくいい笑顔のスズシロたちには悪いがこれは無い。
「さほど離れては居らぬようじゃし歩いて…」
「それはいけませぬ、せっかくのお召し物が汚れてしまいます」
「むぐっ」
ついとそれから目を逸らせば目に入る石畳の参道、そこお参りかここの者かは知らぬがそれなりの人がいる。
そしてその人たちの先、人の背丈ほどの石垣の上には横からみると凸の字の様に、中央と左右の屋根の高さが違う立派な瓦屋根の社。
使われている木材はその月日を物語るように薄墨色にくすみ、所々苔むしてその存在感を主張している。
なんともいえぬ存在感で遠近が狂いそうになるが、近くに見える人の大きさを鑑みるにそこまで距離は無いはずだ。
しかし、そんなワシの考えをスズシロは一刀両断にする。
いくら近くて綺麗に見えていようと砂や土、砂利にまみれ社にたどり着くその僅かな時間で、着物の裾が無残なことになるのは想像に難くない。
「しかしのぉ…」
「この輿の何処にご不満があるのでしょう」
「いや…輿じゃから…じゃな…」
輿ということも特に問題ではない、牛車や馬車のように周りの視線を遮るモノであれば…。
だがしかし、目の前にある輿は黒塗りの正方形のお盆に担ぐ棒を左右に二本取り付けて、朱塗りの橋の欄干のようなせいぜい正座して足が隠れれば程度の囲いがあるだけの、とても開放感に溢れたもの。
「これでは丸見えではないか」
「ここにいるは皆信心深い者たち、そんな人々に是非ともセルカ様のお姿を拝んでいただきたく」
「ワシは即身仏か何かかの…」
「ソクシンブツ…ですか?」
「よい…独り言じゃ」
ここにいるのは参拝客か社の者だろうから、信心深いことに疑いようはない。
現に既に目立っているワシら一行を、何事かと覗き込んでは地に膝をついて拝み始める人が出ている始末。
正直ワシを拝んでもご利益は……長寿と美容くらいはあるかも? そのかわり子宝は諦めて。
「仕方ない…乗るから頼んだのじゃ」
「お任せを」
拝んでる人を何事かと近寄ってきた人が拝みはじめ、さらにそれを何事かと……といった感じで段々と危ない団体の様相を呈してきたので、これ以上ここに留まっては社に迷惑がかかると諦めて輿に乗る。
もっと別方面に向けてほしかった気遣いの座布団に正座すれば、「えいや」の掛け声と共にガクリと輿が斜めになること無く持ち上がり、一気に視点が上がる。
「ふむ…ここでは輿が通ると脇に避けて膝をつかねばならぬのかえ?」
「この境内で何かに乗っているということは、女皇陛下か神子様ということになりますので。脇に避け膝をつくのは当然かと、お姿が見えていなければ脇に避け頭を下げるだけでも大丈夫ですけれども」
「なるほどのぉ」
輿が来たから避けて姿見えるし膝をつこうといった感じの人たちが、ワシの姿をはっきりと見るとハッとしたかのように拝み始めるのは、なんぞ下手なB級映画のように洗脳でもかけて回っているのだろうかと、ふと首を傾げてしまうような光景だ。
その上スズシロらはのんびりというよりも、見せつけるかのようにゆっくりと進むものだから、拝む人の数はいや増すばかり。
「のう…あまりゆるゆると進んでも他の者の邪魔になろう? もうちと速う進まんかえ?」
「何を仰いますか、神子であらせられるセルカ様を拝むのはここに来る者たちの目的でもあります故」
何はばかるものだとばかりのスズシロたち、カカルニアで公爵夫人として出ていたときの経験で人々から何ぞ言われたり見られるのは慣れているが、こう拝まれるのは背筋にむず痒いものが走る。
ワシなんてそんな霊験あらたかなものでも……いや…霊験あらたかだ……ワシを生み出した? 作り出したのは他でもない女神さま、文字通り神が与えたもうたというやつだ…。
「ワシ…このまま神棚に飾られるのかの……」
「カミダナ? 確かに飾って…んんっ…神子としてこの地に留まって頂けるのであれば、それは皇国の民すべてにとってもありがたいごとでございますが」
今更なことを思い出し、神輿として担がれてる現状に思わず少し涙目になりながら震える声でスズシロに問えば、不思議そうにそれは無いと否定された。
僅かな涙が乾く頃、ようやく社が建つ石垣の階段の手前へとたどり着き、ここからどうするのかと思えばそっと見事な連携でこれまた斜めになること無くその場へと輿が降ろされた。
「セルカ様、ここよりは」
「うむ」
と言われたものの、せっかく神輿に担がれ恥ずかしい思いをしてまで綺麗に保った着物の裾が、このまま石階段を登ったのでは汚れてしまう。
さてどうしたものかと考えていたら、スタタと茣蓙を抱えた者と何も持っていない侍中二人が階段を登り、階段の上から茣蓙を広げると何も持っていなかった方が階段の凹みに合わせて茣蓙を整える。
その見事な手際に呆れる他無いが、これで汚さず登れると茣蓙が敷かれた階段を上り社に入るための階段手前まで来たら、スパンと入り口の襖が開きズラリと床に頭を擦り付けんばかりに平伏した者たちに出迎えられるのだった…。




