3331手間
洞窟の中に一歩入り、すぐに歩みを止めて洞窟の入り口付近を見れば、つい最近崩れたのだろう、月日に晒されていない鋭い断面を見せつけていた。
「ふむ? つい最近崩れたか、はたまた削ったか。どちらにせよ、何らかの力が加わったのは間違いないのぉ」
たまたま一部が剥がれ落ちたわけではなく、洞窟の入り口その周辺が、断面を見る限りそれなりの厚みを以てほぼ一息に崩れたかしている。
何よりそれなりの土砂が出たであろうに、ホブゴブリンによって運び出されたのだろう、ほんのわずか崩れたか完全に塞いでいたものが崩れたかに関わらず、絶対にあるはずのそれが入り口に残っていないのだ、元が自然か故意かに関わらず他者の手が入っているのは間違いない。
「もしや、今までホブゴブリンが見つからんかったのは、洞窟が外に繋がっておらんかったからかのぉ」
ホブゴブリンもそうとは限らないが、少なくともゴブリンはかなりしぶとい奴らだ。
何せ多少の食い物と水があれば奴らはすぐに増えてしまうし、おぞましい事に共食いも厭わないので、極論水さえあればどこでも生きていけるのだ。
なのでドワーフたちのように鉱石を主食とするような不思議な食性をしていなくとも、洞窟の中で長い間ひっそりと、生息していても全く以って不思議な事ではない。
「む? 出ていく足跡に比べて、戻ってくる足跡が少ないのぉ」
岩の断面に沿って段々と下を見ていくと地面を見ることになり、必然そこに残る足跡も目に入ることになる。
ここで出た土砂を捨てる為か、結構な数がここから出ていったようだが、足跡を見る限りそれらは殆ど帰ってきていないように見える。
もちろんここが入り口なだけあって、かなりの数のホブゴブリンが行き来しているせいで殆どの足跡が判別不可能であるが、それでもパッとみて出る奴らだけが明らかに多いというのは異常だ。
「もしやこの幻術は、ホブゴブリンが使っておるモノではないのかえ? いや、そう考えるのは流石にまだ早計かの」
帰ってくる数が少ないのは、単純に帰ってこれないからだと考えれば頷ける。
何せ人を惑わす幻術が掛かっているのだ、ふとしたきっかけで帰ってこれなくなっていてもおかしくはない。
例えばこれがホブゴブリンが掛けた幻術ではなく、魔導具か自然か、どちらにせよ長い間影響下で暮らしていた為に多少耐性があって、人よりは影響を受けないと考えると、帰ってこれる個体と帰ってこれない個体が居てもおかしくはない。
何よりその説が正しければここ周辺のホブゴブリンの不自然な配置にも、ある程度の辻褄があうというもの。
「あやつらは巣分けではなく、ただ単に巣に帰れなくなった迷子じゃと考えれば、少数で密集した分布、しかし縄張り争いをした形跡がないのも納得じゃ」
もちろんこれは勝手な想像でしかないが、そうなるとこの中には魔法を扱うホブゴブリンが結構な数居る可能性が非常に高い。
「そうなると、ふむ、やはり騎士たちを置いてきたのは、正解じゃったかもしれんの」
彼らはしょぼい魔法を使うホブゴブリンが巣に一匹しかいない、そう思っているのだ。
そこに複数匹から一斉に魔法を使われたら、いかに簡単な盾や鎧で防げるとは言え負傷は免れないだろう。
それにもしここが本拠地ならば、本当の巣のボスがいる訳で、奴はさらに強力な魔法を扱えたとしても不思議ではない。
だがしかし、今ここに居るのはワシだ、どんな強力な魔法であろうと恐れる意味も必要もないと、わずかに下っている洞窟の先を睨みつけ、その先へと進んでゆくのだった……




