3329手間
ワシを見失って慌てたのは当然騎士たちだけでなく、近侍の子らも今にも泣きそうな顔でワシを探している。
そのたびにワシは声をかけるが、彼女たちは騎士たちより正確に音と匂いでワシの位置を探り当て、こちらを見ようとするのだが、ワシと視線が合いそうになるとまるで氷の上をすべるようにすいっと顔を背けてしまい、本人たちはそれに全く気付いていないかのように再びワシの方を向うとする
「ふむ? ワシの声は聞こえておるのじゃな?」
「はい、神子様。ですが、どこから聞こえてるか、私共には分からないのです」
「ふぅむ、ワシからはおぬしらの姿も声も、はっきりと見えておるんじゃがの」
というよりも数歩進んだすぐそこに居るのだが、獣人である彼女たちがそんなすぐそばの音の位置を、正確に判断できないなどありえない。
試しにワシが誘導してみるが、ワシの方に進もうとするたびに、視線と同様にすいっと不自然に逸れてしまい、彼女たち自身はその動きを理解できていないのだ。
ここ事に至っては、もう完全に幻術か何かが作用していると思うのだが、残念ながらワシにその違和感の元を探すのは不可能だ。
何せワシは幻術などに耐性があるわけではなく、根本から完全に無効化してしまっているので、些細な違和感を感じることすらないのだ。
例えるならば殴られたとして、目をつぶっていたところで殴られた方向を感じることは出来るが、そもそもの拳が届いていなければ方向を予想することすら難しい。
「魔法にせよ魔導具にせよ、おぬしらが何らかの手段で、感覚やらを狂わされておるのは間違いないのぉ」
「まさか! ホブゴブリンがそのような事を?」
「可能性としてはそれが一番高いじゃろうな、何せやつらは魔法を扱えるからの、幻術に特化しておると考えれば、奴らの魔法が下手なのも納得できるのじゃ」
火の玉を飛ばせるホブゴブリンが最上位ではなく、この幻術を扱える者が本当の最上位と考えれば、あのしょぼさにも納得だ。
とはいえ現時点でのワシの勝手な想像に過ぎず、本当はこの場所特有の現象であったり、たまたま作動している魔導具の効果の可能性もある。
なんにせよワシ以外はここを通れない以上は、ワシ一人で何とかするしかないだろう。
「幸いここは狼からも見つからんようじゃからの、油断せずにホブゴブリンなどを警戒して待機するのじゃ」
「かしこまりました」
原因を探してくると言えば、近侍の子らは即座に了承するが、騎士たちは慌てて止めるように言ってくる。
「ふむ、ではこちらに来れるようならば検討しようではないかえ」
「そ、それは……」
「出来ぬのであればただの足手まといじゃ、こういったモノは魔法にせよ魔導具にせよ、この土地の特性じゃったとしても、その発生源に近づくほど効果が強力になるものじゃからの」
「それはつまり、王太子妃殿下ですら危険ということではないのですか?」
「ワシはそもそもこういった幻術は効かんからの、効かんものがいくら強力になったところで、効かんものは効かんのじゃ。魚を水に沈めたところで無意味であろう? そこに水を足したところでどんな意味があるというのじゃ」
そこまで言っても騎士たちは「ですが」と渋るが、どうせこっちに来れないのだ、ついて来れない者がついてくる心配など無意味だと、近侍の子らに騎士たちが変な事をしないように見張っておけと指示し、さっさとワシはホブゴブリンの足跡を辿って先へと進むのだった……




