3328手間
自分たちの能力のギリギリ端からこちらを伺っていた狼であったが、ふらふらとこちらを不意に見失ったかのような動きで離れていったのと同じくらいの時に、狼を警戒していた騎士や狩人たちの表情が険しくなる。
「王太子妃殿下、常でしたらこの辺りから痕跡が曖昧になって、ホブゴブリンを直接尾行していた際も見失ってしまうのです」
「ふむ? 確かに変ではあるのぉ」
狼がこちらを不自然なタイミングで見失った事といい、何よりこの辺りには小鳥などの小動物すらも一切居ないのだ。
これを変と言わずに何と言えばよいのか、とはいえこの辺りに何か変なものがあるかと言えばそんな気配はない。
強いて言うなればマナが少しだけ多いが、それならば過ごしやすく逆に動物たちは集まってくるはずだ。
「ま、今回ははっきりと足跡は残っておるし大丈夫じゃろう」
「そう、ですね」
騎士たちはやや不安げだが、地面には変わらずはっきりとホブゴブリンの足跡が残っているので、ワシがこれを見失うことなどありえない。
そんな自信満々のワシの足取りに対して、騎士たちや狩人の足取りは不安げというよりも、まるで雲の上を歩くかのようでおっかなびっくりというよりも、不安定と言えばよいのだろうか、素面の酔っ払いとでも言えばいいかのようだ。
「王太子妃殿下、申し訳ございません」
「む? どうしたのじゃ」
「足跡を見失いました」
「おぬしは何を言っておるのじゃ?」
騎士の一人が突然何を言い出すかといえば、足跡を見失ったとは何の冗談か。
木漏れ日に照らされた獣道には、はっきりとホブゴブリンの足跡が残されており、これを見失ったなど冗談でも言えぬ事だ。
しかし騎士の目は真剣であり、はっきりと慚愧の念が見て取れるが、その目の焦点はワシにしっかりと合っていない。
だがそれは彼が胡乱な状態であるというよりも、霧や水面で揺れる姿をどうにかして見ようとしているようにも見える。
「ふぅむ? おぬしちょっとそこに立っておれ」
「はい?」
「そのままでよい」
「お、王太子妃殿下? どちらに!」
騎士をその場に立たせたままワシが数歩先に進めば、騎士たちはワシを見失ったかのように慌て、何故かワシとは全く別の方向へとワシを探しに向かうのだった……




