3327手間
ホブゴブリンの足跡をたどる間、その痕跡を眺めながらふと思ったことを呟く。
「こやつら、同族をこれほど倒されておるというのに、随分と警戒心がないのぉ」
「この足跡から、そこまで分かるのですか?」
「まぁ獣ばかり見ておっては、分からぬのも致し方ないじゃろうが見てみよ、殆ど足跡が乱れておらぬじゃろう、体重の掛け方も全く同じじゃ」
「なるほど、ですが警戒中の鹿も似たように乱れない足跡になりますが」
「獣であればの。しかし人型のモノではそうはいかぬ、何せ前しか見えぬのじゃ、周囲を警戒するとなれば首や体そのものを捻らねばならぬ、そしてそれは必ず足跡に出るのじゃよ。さらに言えば今は同族が大量に狩られておるのじゃ、そもそもこんな風に一匹で出歩いておる時点で論外じゃが、乱れない足跡はおかしいじゃろう」
「確かに……」
餌や水の確保のためにどうしても出なければならない状況であったとしても、複数匹で行動したりと対処方法はいくらでもあり、よしんば一匹で出歩かなければならなかろうとも、周囲を最大限に警戒していればそれは足跡にはっきりと出る。
それが一切ないということは、とどのつまりこのホブゴブリンは実にお気楽な心境で出歩いているということだ。
「それはそれで不自然ではありませんか?」
「そうなのじゃよなぁ。今まで森の中で巧妙に隠れて生きてきたのであれば、もっと警戒心があってしかるべきじゃろう」
ここは確かにわざわざ人が寄り付くような場所でもないが、かといって絶対に誰も寄り付かぬような秘境でもない。
ワシがたまたま見つけたのが発端とはいえ、探せば簡単に見つかったのだ、何よりこの周辺にはホブゴブリン以外にも奴らの脅威に成り得る獣なども生息している。
そんな者たちが闊歩している森の中をこれほど無警戒に歩いているというのは、今までここで生きていたにしては実にちぐはぐな印象がぬぐえない。
「獣と言えば、今日は、いえ、ここに来るまでの道中でも、狼を見ませんでしたが、何かあったのでしょうか」
「ん? ふむ、そこまで気を回せるとは感心々々。とはいえ理由は単純、ワシがおるからじゃ。獣と言えど阿呆ではないのじゃ、絶対に勝てぬ者がおると分かっておるのに、襲う隙を伺うことなどあるまい、とはいえはぐれる阿呆を待つくらいの強かさはあるようじゃがの」
「え? それは一体」
「この気配は狼の群れじゃろうな、こちらを探れるギリギリの位置を保ってついてきておる」
「そ、それは大丈夫なのですか」
「ワシからは気配が容易にたどれる場所に居るが、向こうからすればいつ見失ってもおかしくはない、何より一足で来れる距離ではないからの、踏み出した時点でワシが睨めば逃げていくじゃろうて」
狼が居ると聞いて騎士たちと狩人は慌て始めるが、狼たちに動きはなく、そんな明らかな乱れすら分からぬ距離に居るのだろうと安心させるが、それでも警戒を続ける彼らにワシは肩をすくめるに留めるのだった……




