315手間
桜色の生地に金糸や銀糸、甚三紅に淡紅梅、様々な糸を使い艶やかな、まるで絵画のような草木に花と刺繍が施された袖丈の長い、振り袖のような着物。
帯も象牙色の地に着物と同じく各種糸をふんだんに使った刺繍、本来であればここへさらに腰の後ろへと豪奢な飾り帯を付けるらしい。
しかし、ワシの場合いくら豪奢な飾り帯であろうと尻尾で完全に隠れてしまう。その上「どんな飾り帯も、この尻尾にはかないませぬ」なんてうっとりと、着付に入ったスズシロ筆頭に侍中たちが豪語するときたものだ。
何でこんな格好をしているかと言うと、間欠泉の宿のある街を出て社がある街へと来た途端、準備があるからと街を見る暇もなく宿に押し込めその翌日、朝早くから侍中が押し寄せこの始末。
そしてまたグイグイと牛車に押し込められて、男子禁制の社のある区域へと向かっている。
「街全体が男子禁制では無かったのじゃな」
「いえ、男子禁制で御座いますが流石に女衆だけでは帳簿などが大変なので、特別な許可を貰った男のみ滞在できるのです」
「ほう…そうじゃったのか、ではカルンを連れてくることはどのみち出来ぬというわけじゃな」
「そうなりますね、さらにこの先は例え誰であろうと、男子を通すこと罷り通らぬ場所にございます」
「ふむ…もし勝手に入ったとならばどうなるのじゃ?」
「その場合は相手が誰であろうと、問答無用にございます」
そう言ってスズシロは首の前で横一文字に手を動かす。
「なんとも物騒じゃなぁ…」
「そう昔から決まっておりますので」
ポリポリと頬を掻くワシに、事も無げにスズシロは言ってのける。
「それにしても、もう少し有情でも良さそうなものじゃが」
「この街自体が許可のある者以外、男子禁制ですのでまずそこで追い払われるかするので…」
「あぁ、なるほどのぉ」
街までなら道に迷ったなどあり得るだろうが、さらにその先となるとワザとでしかあり得ないという訳か。
しばらく牛車に揺られていると、曲がっていない廾の字のように木が組まれただけの門らしき所が見えてきた。
どうやらここから先が件の社の敷地のようで人の背丈の二倍ほどはあろうかという槍を持った、兜に着物という不思議な格好の門番が二人脇を固め。
廾の字の門の左右から人の背丈ほどの木製の塀が、グルリと少しの曲線を描きつつ視界の先まで覆っている。
「あの中に入りましたら、別の乗り物に移っていただきます」
「わかったのじゃ」
男が入ればあれほど厳しい沙汰を受けるのだ、門のところで誰何されるものと思っていたのだが、意外なことに門番は誰何どころか止めることすら無くそのまま門を通過してしまった。
「のう…あの門番は入るものを止めんでよいのかえ?」
「はい、そもそもこの門よりうちは女皇陛下か神子様以外は、乗り物に乗ったまま入ることを禁じられておりますので」
「ん? なればワシもダメなのでは無いかえ?」
「セルカ様は女皇陛下から既に神子として認められております上に、この社を取りまとめております巫頭がセルカ様の容姿をお聞きになって、認めるまでもない紛れもなく神子様だとはしゃいだとはもっぱらの噂でして」
「なんじゃそれは…」
「堅物の巫頭がはしゃぐとは、すわ吉事か凶事かと大騒ぎになったと」
「いや…そうでは無くての…?」
魔具のないこちらでは、ワシらが港に着いてから手紙をすぐに出したとて何頭も早馬を潰さぬ限りはやり取りできぬであろう。
ということは、外交の者がやり取りしてる時に伝えた容姿で判断したのだろうが、よくそれで信じたものだ。尻尾なぞせいぜい三本の者が居る程度で、それ以上はツチノコの様なもの。
「まぁ…よい。その巫頭とやらよく手紙だけでワシの容姿を信じたのぉ」
「王国の使者が、セルカ様の容姿…といいますよりもその存在が真実であるという、エドワルド王の印が入った書を携えておりまして、それを受けて女皇陛下が巫頭にむけた書にも女皇陛下の印を入れ王国の書を添えて送りましたので」
「なるほどそうじゃったか、確かにそれならば信じぬ方がおかしいというものじゃな」
二国のトップが揃って保証するならば、敵対している者でもない限り確実に信じるだろう。
「さてセルカ様、こちらでお乗り換えをお願い致します」
「ふむ、次は何かのぉ」
馬車に牛車と来たのならば、次は籠か人力車かと着物の裾を引きずりながら外に出てスズシロが手で示す先にある乗り物に、思わず額に手を当て「うーん」と唸るのであった…。




