3313手間
ホブゴブリンが居なくなった後の森は実に静かなもので、本来であれば人にとって静かで暗い森など恐怖の対象でしかないであろうが、ワシからすれば静かで心地よい森でしかなく、なかなかに上機嫌な足取りで野営地へと戻れば、わざと立てた足音に冒険者たちがすわ何者と腰を浮かし、兵士たちが警戒するように剣の柄に手を伸ばすが、暗い森からワシが出てきたのを確認すると、冒険者たちは力が抜けたようにどさりと腰を下ろす。
「こちらには何も異常は無かったかの」
「はい、殿下。魔物はおろか、獣の姿もありませんでした」
「ふむ。なればよい」
ほっと胸を撫でおろし、剣の柄から手を降ろした兵士がワシの質問に簡潔に答える。
それにしても魔物も獣もワシの気配に怯えて本来は出てくることはないのだが、あのホブゴブリンは相当間抜けか気配に疎かったのだろう。
「それで、ゴブリンはどうなったのでしょうか?」
「巣を見つけたから潰しておいたのじゃ、あと、アレはゴブリンとは違う種のようじゃったからの、正式にホブゴブリンという別の名を与えようと思うのじゃ」
「殿下の御心のままに。しかし、新しい種ですか、体格以外になにか違いはあるのでしょうか」
「うむ、巣のボスだけじゃったが、魔法を扱っておったのじゃ」
「魔法をですか」
魔物が魔法を使ったというワシの言葉に、兵士たちはもとより冒険者たちも驚きの表情を見せる。
これに関してはあまり街の外での任に就かない兵士よりも、冒険者たちの方が脅威に感じるのだろう、彼らはその場で話し合いを始めてしまった。
「とはいえ問題はなかろう、剣で叩けばかき消せるくらいに弱かったからの」
「それでも魔法を使うのは脅威ですが」
「まぁ、当たったところで服が燃える程度じゃろう。そもそも扱っておったのは火だけじゃ、森の中では使えぬじゃろうからのぉ」
「それは、確かに」
いくら阿保とはいえ、自分たちの住処を焼き払うほど阿呆ではなかろう。
万が一魔法を撃ったところで、あの程度の火であれば木々に火が燃え移り大火事になることもないだろう。
何せ森の草木はたっぷりと水分を含んでいるのだ、朽ち木なればともかく生木はそうそう燃えることはない。
それでも火を森の中で使うのは愚行ではあるのだが、そのくらいはホブゴブリンも弁えてはいるはずだ。
「何よりじゃ、使えるのは群れのボスだけのようじゃったからの、外に出てくることはそうそうないじゃろう」
もっと大規模な群れになればどうかは分からないが、少なくとも今回見た程度の規模ならば巣の中で魔法を扱えるのは一匹か二匹程度に収まるだろう、もちろんただ一つの巣を見ただけでは断言は出来ないし、何よりそもそもホブゴブリンがこれっきりという可能性も十分にある。
なんにせよ今はそれを調べるよりも戻ることが先決だろうと、撤収の準備はすでに整っているようなので、ようやく明るくなってきた森を行よりもやや慎重に戻るのだった……




