3310手間
急激に下った先、坂が緩やかになると共に広がる洞窟はとうとうドーム状の空間となるほど広がり、そこにはわらわらとホブゴブリンたちがくつろいでいたり、何やら武具を作っていたりしていた。
殆どのホブゴブリンが自分のやっていることに夢中でこちらに気付いていないが、たまたまワシの方を見ていた奴が、はじめは何か来たのか理解していない様子であったが、しばらくしてカッと目を見開くと同時、ドーム内に居たホブゴブリンたちは、文字通り跡形もなく消え去りシンと静まり返る。
「ふぅむ、まだ洞窟の先はあるようじゃし、まだまだ居そうじゃのぉ」
何よりここの巣のボスらしき個体は、ここに居なかった。
各々が好き勝手な場所に座り、そこに上下はなく、仮にゴブリンと同じ生態だとそれは有り得ない。
人ほど細かくはないが、ゴブリンたちも巣を作るくらいの規模の群れであれば少なくとも三層ぐらいの階層社会になっている。
仮にここまで遭ったホブゴブリンとたむろしていた奴らが最下層だとすると、この巣は幸いにもそれほど規模が大きくないだろう。
「とはいえ下っ端を蹴散らしたのじゃ、巣としてはもう再起不可能じゃろう」
それでも残っていれば、またじわじわと数を増やされてしまう可能性もある。
人の社会で例えるならば、今は貴族だけ残されて、平民が殲滅された状態と考えると分かりやすいだろう。
「それでも人よりよほど生きるに貪欲でプライドもないからの。くだらぬプライドで自死を選ぶことはなし、さっさと貴族迄消しておくかの」
一体なんの影響でこの洞窟が出来たのか、ドーム状の空間からまた狭い洞窟となり障壁で削りながら進んでいくと、少し進んだところで再び広くなり始め、さらに再びドーム状の空間になった場所の奥まったところ、何かの骨などを積み重ねて人工的に高くした場所に、他のホブゴブリンよりも装飾品の多い防具を着こんだホブゴブリンと、その骨の玉座を囲むように先ほどの空間にいた個体よりも体格の良いホブゴブリンがたむろしていた。
「ほう、これは随分と分かりやすいのぉ」
明らかにこの群れで最も偉そう、そしてなにより洞窟の先がないことで他のホブゴブリンを刺激することはないだろうと、わざと今度はワシの存在を誇示するように声を出す。
既に気付いていたか、それともワシの声に反応したか、骨の玉座に座っていたホブゴブリンがゆっくりと立ち上がり、手に持っていた骨を使った杖だろうか、棒状のものでワシを無礼にも差せば、下に侍っていたホブゴブリンたちが一斉に襲い掛かってくる。
「ふむふむ、随分と訓練? いや、統率されておると言うべきかの」
だがしかし、ワシに各々が持っていた武器を振り下ろすよりも前に、不可視で灼熱を纏った障壁にぶつかり音もなく消えてゆく。
それを見て後に続こうとしていたホブゴブリンたちが尻込みし、ワシが一歩踏み出せば、二歩三歩と後退りしてパキパキと骨を踏んで音をたてる。
その姿に苛立ったのか、偉そうなホブゴブリンが杖を乱暴に振り回し醜い声を上げるが、それに反論でもしてるのだろうか、他のホブゴブリンたちもグギャグギャと騒ぎ始める。
「さて、おぬしは偉そうにしておるのじゃ、他のホブゴブリンよりも強いのじゃろう?」
完全に戦意喪失しているホブゴブリンに見切りでもつけたか、何度か地団駄を踏んだ偉そうなホブゴブリンは、杖の先をワシに向けると何やら歪んだ笑みをしたかと思えば、杖の先から小さな火の玉がワシに向かって飛んでくる。
「ほう!」
学院に通い、初めて杖の魔導具を使った子よりも貧弱ではあるが、これは明らかに法術ではなく魔法だ、その光景にワシが感心していると、それを驚愕とでも取ったのか、偉そうなホブゴブリンが必殺と思いでもしたか醜い笑みをさらに深めるが、当然ワシにとっては何の脅威でもなく、か弱い火の玉は消えかけの蠟燭を吹き消したかのように、障壁にぶつかり消滅するのだった……




