3307手間
兵士たちに冒険者たちほどの危機感が無いのは、基本的に彼らは人を相手にしているから、魔物に対する事情に疎いのであろう。
しかし、普段接しないから疎いのは致し方がないが、危機感がないのはいただけない。
とはいえ今は説教をしている暇もないだろうから、早速ワシは出発すると告げれば、何人かの冒険者たちが手を挙げてきた。
「なんじゃ?」
「私たちも同行しても良いでしょうか」
「ふむ、それは構わぬが。追跡するにあたり、おぬしらを待つことはないぞ?」
「それは構いませんが、ランタンを持ったまま追いかけるのも大変でしょうから、私どもがお持ちしますので」
「ワシにはそんなもの必要ないからの、気遣いは要らぬ。とはいえ付いてくるなれば止はせぬが、はぐれたらすぐに戻るようにな」
「目印を教えていただければ、追いつくのに支障はないかと」
「目印? あぁ、樵なんぞが木に巻き付けるやつかの。ああいった物はワシは使わぬ、一度通ればその場所は分かるからの」
樵や狩人などは、森を通った時に自分が来た道を見失わないために、目印になる紐を結びつけたりする。
しかし、ワシはマナや匂いなどで判別しているので、そういった目立つ目印というものを必要としていない。
「ま、見失ったら意地にならず素直に戻ることじゃ、森の中で獣人にヒューマンが勝てるわけがなし、相手がワシならば尚の事じゃ」
自信を無くす必要はないぞと伝え、ついてくると言った冒険者たちが出発の準備を終えているのを確認すると、ワシは何の気負いもなく森の中に踏み込み、敢えて差が分かるようにひょいひょいと木々を足場にして、地面に一切触れることなく奥に進んでいけば、その一瞬だけで見失ったのか、森に一歩踏み込んだところで冒険者たちは止まり、そのまま諦めて野営地へと戻っていったようだ。
「どれほど気配に敏い奴がおるか分からぬしの」
いくらワシより圧倒的に弱いと言えど、未知の魔物を相手にするのだ、足手まといはいない方が良い。
何より幻覚などを扱うような個体がいた場合、ワシではどうしても対処が出来ない。
矢など魔法を用いた飛び道具であればいくらでも防いでやれるが、幻覚はそうもいかない、何せ幻覚を使われてるかどうかすら分からないのだから、見えも聞こえもしない存在しないモノをどうやって防げばよいのか。
「まぁ、そんなモノがいれば、もっと広く生息しておるじゃろうし気にする必要はなかろう」
一度首を横に振ってそんな考えを追い出すと、ホブゴブリンに付けた目印の気配の動きが緩やかになったのを感じ、巣にたどり着いたかとワシは逆に速度を上げる。
ホブゴブリンが大きく移動方向を変えたところはやはり池があり、それを迂回したしばらく先にそれはあった。
「ふむ? あれが巣かの」
ワシは木の枝の上にしゃがみこみ、ホブゴブリンが立ち止まってきょろきょろと周囲を気にしているところを観察する。
そして周囲に何もないことを確認したのか、まるで人のようにほっと体の力を抜くと、ホブゴブリンの目の前にあった岩の隙間へと近づいてゆく。
その隙間そう広いものではなく、丁度ホブゴブリンが体を横にしてギリギリ通れるか否かといった、本当に岩と岩の隙間としか言いようがない場所だが、ホブゴブリンはずりずりと体をこすりつけるぐらい狭いその隙間へと身をねじりこんでゆく。
「もし誰かがここに来ておったとしても、誰もここに目を向けんじゃろうなぁ」
ホブゴブリンの気配がなくなり、中から外を確認するような者がいないのを確認すると、ワシは木の上から降りると、さてどうしたものかと岩の隙間を前に腕を組む考え込むのだった……




