3306手間
野営地へと戻ってくると、監視していた気配が消えたのが分かっている者たちは、ワシの姿を見て一瞬警戒したが、すぐにワシだと気付きほっと胸を撫でおろす。
「何がいたのですか?」
「ゴブリン…… のようなモノかの」
「ゴブリンのようなものですか?」
「んむ」
随分と気をもんでいたのか、駆け寄ってきた冒険者の一人がワシに実に端的に聞いてくるので、ワシは子細は置いておいて見たままの事を伝えれば、彼はワシの言葉をそのまま返して首を傾げる。
「ゴブリンがあれほど長時間留まっての観察をしてくるなど、信じがたい話ですが」
「そうであろうな、しかし、見目こそゴブリンに近いが別種と言っても良いじゃろう。何せおぬしらと同じくらいの背丈な上に、自分たちで作ったであろう武具を身に着けておったからの」
「人の背丈と同じですか、それは厄介ですね」
ゴブリンとは雑魚の代名詞のような魔物であるが、実際は全く以って違うモノだ。
もちろん、しっかりと研鑽を重ねた者からすれば雑魚であるが、戦う術のない者、まだまだ未熟な者からすれば死の代名詞でもある。
何せ見た目通りに頭はわるいが、悪いなりに知恵は回り、子供が思いつくくらいの不意打ちなどはしっかり仕掛けてくる上に、見た目は貧相な童であるが膂力が力自慢の大人と張り合えるくらいはある。
小さくて力持ちで杜撰とはいえ不意打ちを仕掛けてくる知恵もある、それに対処できない者の末路など推して知るべしだろう。
しかも今回遭遇したのは大人と背丈が同じなのだ、膂力もそれ相応に上がっていると考えて間違いないだろう。
さらに自分たちで武具を作れるほど知恵が回るとなれば、それだけ不意打ちなどのいやらしさも増してくるのも想像に難くない。
「しかし、退治なされたのでしょう?」
「いや、泳がして居る。背中に目印を突き刺してやったからの、今頃は痛みに悶えながら巣へと一直線じゃろう」
「私たちも似たようなことはしますが…… 随分とえげつない手を使われますね」
「ずっとつけ回すも苦ではないが、それはそれで手間じゃからの」
冒険者と軽口を交わしながらも、ゴブリン、仮にホブゴブリンとしておこうか、奴に着けた魔晶石の位置を探れば、どうやらやつは一直線に巣へは帰らず、何かを目指している動きではあるものの、大回りするように動いていることが分かる。
もしかしたら池などの地形を迂回しているだけかもしれないが、それでもジグザグと明らかに不自然な動きをしている辺り、追跡を警戒していることは間違いない。
やはり通常のゴブリンとは一線を画す知恵を持っているようだ、それも自分では絶対に太刀打ちできない、圧倒的な格上と対峙した直後という恐慌状態にもかかわらずだ。
「突然変異などの特殊な個体であればよいが」
「そんな特別な奴でしたら、ゴブリンを顎で使ってそうな気がします」
「じゃろうなぁ」
特別な個体であるなら、偵察などと言う最も危ない仕事になど就かないはずだ。
なればアレは普遍的な、なんなれば下っ端の可能性もある、それを考えると頭が痛いと、冒険者たちも魔物をよく相手にしているのだろう、苦虫を嚙み潰したような顔をしているが、兵士たちはあまり魔物と戦う機会がないからか、厄介とは分かっているがただの魔物だろうという顔をしており、帰ったらクリスに兵士の危機感のなさを報告すべきかと、ワシは別の意味で表情を渋くするのだった……




