3305手間
冒険者たちと話しているうちに、空の端がようやく白み始め、監視をしている者ならば気が緩み始める頃合いだろう。
空が白み始めたことで、見張るにも気を張る必要がなくなり、どれだけの間見ていたかは知らないが、凡人なれば緊張などで疲労も相まって色々とぼろが出ているはず。
なればそこを突くのが良いだろうと、兵士や冒険者たちに周辺の警戒をするように伝え、ワシはこちらを探っている者から死角になるように兵士の一人の横を通り抜けた瞬間、気配を断ってするりと風のように木々の間を駆け抜ける。
相手は派手で見落としようがないワシが居なくなったことにすら気付いた気配はなく、ワシは相手が見下ろせる木の枝の上にひょいと登り身をかがめる。
「あれは……」
そこに居たのは明らかに人ではなく、尖った耳に醜く肥大化した花、そして老人のようにしわくちゃの顔は黴の如き緑に染まっているゴブリンだった。
いや、正確に言えばゴブリンですらない、ゴブリンは成体でも子供の背丈ほどしかないが、目の前にいるモノは成人男性くらいの体格はある。
とはいえゴブリン同様に体格の割にはやせ細っており、それが成人男性くらいの背丈なのだから、随分と貧弱そうにも見える。
そしてゴブリンと一番違うのは、彼らが原始的とはいえ武具を身にまとっていることだろう。
襤褸のズボンには、何かの革をつぎはぎして作った腰当に、鹿あたりの頭蓋で作った肩当を両肩に、石と木の枝で作った斧を手にしており、ゴブリンのようにどこから襲撃してちょろまかしてきたような武器などではなく、明らかに彼らかその周辺の何かが作ったであろうことを思わせる。
「ふぅむ、何故アレがこんなところで、こちらを見ておるのか」
獲物を探しており、そのために観察しているなどであれば、獲物がいたとどこかにあるはずの巣などに戻っているはずだ。
仮に獲物じゃないと判断したのであったとしても、その場からすぐに離れなければならない。
何故ならば、そうしなければ自分が獲物になってしまう。
「何かを探しておるのか、探っておるのか……」
何か特別な理由なりなんなりが無ければ、ある程度の間、ずっと監視し続けることはないはず。
そして重要なのはこいつは友好的ではないだろうということだ、何せ手にはずっと石斧を握っているし、そもそも友好的な者であれば既に話しかけてきているだろう。
いや、こちらも武装しているのだ、恐ろしくて声をかけられなかったということもあるか。
さっさと排除するかという考えを、すぐに自分で否定し、まずは姿を見せてと思い、わざと気配をまき散らしながら木の上から飛び降りる。
その瞬間、奴は迷いなく手に持っていた石斧でワシに襲い掛かってくる。
「おぬしは何者じゃ」
石斧を軽くいなしながら話しかけるが、返ってくるのはこちらを襲うという意思のみが感じられる、化鳥のような耳障りな唸り声のみ。
ならばこいつは間違いなく魔物であろうと、石斧を持っている側の肩を肩当ごと砕けば、相手は痛みでその醜い顔を益々歪めさせ、敵わないと見たか一目散に背中を見せて逃げ出していった。
「なれば巣まで案内して貰おうかの」
ワシはそう呟くと手の中に魔晶石で、親指の爪よりやや大きめのナイフの刃先だけのようなモノを創り出すと、逃げる奴の背中めがけて軽く投げつける。
狙い過たず奴の背中に突き刺さったモノに、奴は悲鳴を上げ倒れかけるが、すぐに体勢を立て直し森の奥へと消えてゆく。
肉に深々と突き刺さり外からは殆ど見えないであろうし、万が一取り出そうとしても刃に返しがついているので、容易には取り出せないはずで、取り出すならば誰かの助けがいる。
とりあえず目印は付けたのでアレを見失うことはないので、今後のことを話し合うかとワシは一度野営地へと戻るのだった……




