312手間
山賊を殲滅して数日、彼女らが縄張りにしていた範囲を抜けたのか、荷馬車の食料に惹かれて連日野犬の襲撃を受けている。
たかが野犬と侮るなかれ、小角鬼の小集団であれば容易く仕留めるし、場合によっては豚鬼すら狩ることだってある。
しかしそこは精鋭と名高い侍中たち、危なげなく連日の襲撃を退けている。
「のう…スズシロや」
「ダメです」
「まだ何もいっておらんじゃろう」
「ダ、メ、で、す」
「むぐぐぐ」
取り付く島どころか藁もないスズシロに、ぐうの音もでない。
「しかしじゃな、幾日もまともに動かぬは体に悪いことじゃ。それに適度な運動は美容にも良いというし…の?」
「お体に障らぬよう女皇陛下と同じマッサージをさせて頂いていますし、何よりセルカ様は既にお美しくございます」
「しかしじゃのぉ…」
山賊の襲撃でワシの実力も知れたことだし、これからは戦闘に参加できるかと思っていたのだが…実際はさらに過保護になってしまった。
休憩する人数を減らし馬車の脇を徒歩の者が固めるようになり、車内にはスズシロに加えもう一人常駐するように。
「おぬしらの実力を侮っておる訳ではないのじゃよ? じゃがおぬしらもよう分かるじゃろ? 近くで戦があるというのに指を咥えてそれを見ておるだけというのは…」
「セルカ様が私どもに信を置いていただいておりますは、よくよく心得ております。指を咥えて見ているだけがお辛いのもよく理解できます。セルカ様がお強いのも先の戦いでよくよくわかりました。例え山賊に襲われようと…いえ、仮に私どもが束になったとしても手傷一つ負わせることは不可能であろうことは…」
「そうじゃろう、そうじゃろう。じゃからの…」
「で、す、が。セルカ様を戦いに参加させる、それはありえませぬ!」
「なぜじゃぁぁ!」
畳に両手を突き、嘆くワシに尚も慈母か修道女の様にスズシロがワシに語りかける。
「セルカ様は私ども侍中が、女皇陛下と同じく身命賭してお仕えするに相応しい御方、例え一騎当千の兵としても、お守りするのが我らが務めにございます」
「いやいやいやいや。ワシを女皇と同列に扱ってはいかんじゃろう」
「神子であらせられるセルカ様は、女皇陛下と同列に語られても何ら問題はございませぬ」
「一応ワシは他国の人間なのじゃし? 流石に皇国の民がいきなり出てきた者をそんな地位に収められて、黙ってはおらぬじゃろう?」
「ええ…黙ってはいないでしょうね」
「じゃろう?」
「歓声をもって受け入れてくれるでしょう。女皇陛下と同じ狐の獣人で花の如くの顔に、白雪の様な御髪と綿雪の様な尻尾。力の象徴である尻尾の数も驚天動地の九本、侍中すら届かぬ高みの兵…疾風すら追いすがれぬ動きに、フガクの再来かのような膂力…えぇえぇ、誰も彼も文句を挟む余地なぞ木の葉ほどの隙間もありませぬ」
「これは…」
まさかスズシロ個人の感想で暴走かと淡い期待を寄せながら、一畳の上にスズシロと仲良くビシッと正座してるもう一人侍中を見やれば、我が意を得たりとばかりに深く頷いている。
「のう…おぬしも…いや、侍中みなスズシロと同じ考えなのかえ…」
「はい! 生涯に二人もお仕えするに相応しい主を持てて、今代の侍中は絶頂であると皆いっております!」
その声音も表情も決して言わされているものではない、晴れ晴れとして正にこの世の春が来たとばかりの満面の笑みだ。
「はぁ…わかったのじゃ好きにせい、ところで…この道はあとどの位なのかえ?」
「この調子でありましたら明日のうちには町に着くかと」
「おぉ、久々の宿場じゃのぉ」
「はい、ここのお宿は…いえ、これは直接見ていただければ」
「何ぞあるのかえ?」
「セルカ様を楽しませること間違いございません」
「ふむ?」
久々に宿の布団で眠れると思えばそれだけで十分楽しみなのだが、スズシロがこうまで言うのならばぜひとも期待していようとニンマリと笑うワシを乗せガタゴトと馬車は進むのだった…。




