311手間
ゆっくりゆっくりと、護衛の者は万が一にも素早く対処できるよう馬から降りて、荷馬車で待機している者に馬を引かせて進む。
残りの御者台で待機していた者も含め、手持ち無沙汰だった者は全員外で護衛にあたっている。
主街道と違い、馬車がギリギリすれ違えるか否かといった程度の道幅、なので目と耳は多ければ多いほど良いと、スズシロも外へ出て車内にはワシ一人取り残されている。
しかし、じっとしているのは性に合わぬとせめてもの慰みとして、御者台側にある小窓から前方をじっと睨みつける。
「倒木が見えてきたのぉ」
侍中の緊張具合とは真逆の気の抜けた声をだしつつ、外を眺めているワシが気になるのか。
それとも純粋に外が見たいのか、小窓の下をタシタシと前足で叩く背にスズリを乗せた狐を抱きかかえ、その前足を弄びながら引き続き外を見る。
「ふむ…」
ワシが声を落とし侍中たちが一層気を引き締めるのと同時、弓が鳴る音と共に矢が一本右前方の森の中から飛来し馬車を引く馬の前に突き刺さる。
馬は飛んできた矢に気付いていないのか、それとも訓練されているからか一切動揺すること無く御者の手綱により、その場に停止する。
「ようテメーら、羽振りの良さそうな格好してるじゃねーか。死にたくなきゃあるだけ荷をおい――」
馬車が止まると同時、屈めば人が一人は十分隠れることが出来そうな下生えからがさりと出てきた獣人。
ボロボロの革鎧を着込み、不衛生なのかかそれとも臭いを消すためなのか泥だらけの顔と髪や耳。
つや消しされた簡素な剣を肩に担いで出てきた、如何にも山賊でございといった格好の犬の獣人女性。
一応乱暴な方法で馬車を止め、けが人が居るんです助けてくださいという場合に備えて、出てくるだけではこちらかからは何もしなかった。
しかし、明らかに下っ端といった口調で肩を怒らせて、どこかに台本でもあるのだろうかと思うほどの判を押したようなセリフを言えばそれをいい切る前に、その首が落ちる。
「ふぅむ、得物を何処に隠し持っておるかと思うておったが、なるほどのぉ」
侍中の一人が下っ端山賊のセリフを聞いた瞬間、放たれた矢もかくやといった速度で下っ端に肉薄し着物の袖口から抜いた合口が煌めくのが見えた。
首を獲った侍中は返り血を浴びる前に後ろに飛び退り、元の立ち位置へと素早く戻り抜いた合口を油断なく構えている。
見る限り肘から手首までの長さも無さそうな短刀ではあるが、見た通り切れ味は抜群、短い刀身は侍中の性質上閉所で戦うことを想定されているからだろう。
「ワシにも一振り用意して欲しいところじゃの」
それに仕込み刀とは中々かっこいしワシの持っている剣は全て両刃や曲剣で、佩いても着物には映えないのだ。
素直に腰に佩くモノ良いなぁ…などと気の抜けたことをワシが考えていると、またぞろ下生えの中から山賊が出て来る。
しかし、今度はその数が多い一気に二十人ほどが出てきて馬車と荷馬車を取り囲む、そしてその目は問答無用で切り捨てられた仲間を見たからか、敵意に燃えている。
「セルカ様。流石に数が多い故、お側を離れる事をお許し下さい」
「うむ、これほど人数が出てくるとは思わなんだからのぉ…」
コンコンと扉が叩かれて聞こえてきたスズシロの声に返事をし、また小窓から外を見る。
すでに戦いの火蓋は切って落とされたようで、そこかしこでジリジリとお互い間合いを見極めながら得物をちらつかせている姿が見て取れる。
すると山賊の一人が焦れたのか、侍中へ向かい間合いを詰めその剣を振り下ろす、とろい剣筋に侍中は避けるだろうと予想したワシの考えと裏腹に、なんと侍中は合口を構える手とは逆の腕を盾にしてその剣を受け止める。
しかしワシの驚きを裏切り侍中の腕は剣を受け止めて尚、その胴体と繋がっている。
「なるほど、仕込み刀だけでなく仕込みの鉄板というわけかえ…驚かせおって」
ギィンと鉄と鉄がぶつかる音に、腕を獲ったとニヤリと口元を歪めていた山賊の女はその顔のまま胸に合口が生え、ごろりと地面へと倒れゆく。
ワシがホッと一息吐く間の見事な早業だった、無防備に見えたものがかなりの手練とわかったからか、明らかに山賊の気勢が削がれるがそれでも尚引く様子はない。
小窓から見えない場所に居るものも音から判断して二十人ほど、二人減っていまは十八人くらいだろうか。
臭いや音を消しここまで待ち伏せを悟らせなかった山賊とは言えなかなかの者たち、まだ伏兵でもいるかと耳をピコピコと動かし辺りを探るがやはりそれらしい音は聞こえない。
ほぼ全員が前方へと集まっており、後はせいぜい馬車の入り口を護るためか、堂々と扉前へと動く者くらい。
「ん? なんじゃ?」
コンコンコンと扉が叩かれるので、耳を傾ければボソリと何事か呟かれる。
山賊たちも獣人、耳は良い。だから聞かせたくない話でもあるかと狐をその場に下ろし扉に近寄る。
「ほれ、もう一度話せい何事じゃ?」
扉の近くでそう言えば勢い良く扉が開き、左腕を強引に掴まれて外へと引きずり出される。
「こんなお姫様が乗ってたとはなぁ…やいテメーら動くんじゃねーぞ。このお姫様がどうかなってもいいってんなら、構わないがね」
「セルカ様!」
「おー?」
ぐっと左腕を引っ張られ馬車の外へと引きずり出されたワシは、その勢いのままワシを引きずり出した者に、抱え込まれるように首を締める形で押さえ込まれる。
「随分のんきな姫様だな…」
「貴様! その御方が女皇陛下と同じ、狐の獣人と知っての狼藉か!」
「あぁん? わたしゃこんな身なんでね。女皇なんざ知ったこっちゃないし、賊なんてやってんだ今更神様足蹴にしたところで怖かないね」
スズシロら侍中はワシが捕らえられた事に明らかに動揺し、下手に動けないことでジリジリと残りの山賊たちに取り囲まれその輪を縮められている。
「スズシロや、すまぬのー」
「いえ! セルカ様が謝ることなど…私どもが油断し――」
「いや、そうではない。こうなっては面倒じゃからのぉ手を出すのじゃ」
「は? お姫様あんた何いって……」
ワシが小柄だから油断だろうか、自由な右腕でワシを捕らえている賊の腹へと肘鉄を食らわせる。
一撃の重さに山賊はたまらずくの字に曲がり悶絶し、ワシは拘束が解かれるとくるりと山賊へと向き直りその勢いを利用して腹へと更に蹴りを打ち込めば、まるで水切り石の様に地面を跳ねて山賊が飛んで行く。
「おーおー、よう飛んだのぉ。さて次はおぬしらじゃ」
ワシが顔を向けるとビクリと僅かに跳ねる山賊たち、まずはと手頃な者の元へ『縮地』を使い移動する。
「なっ…ど」
「ここじゃ」
「こ」という前に下からの拳で顎を砕かれ宙へと浮く、彼女が地に落ちる前に次の者へと肉薄し『鎧通し』で臓腑を乱し崩れ落ちる前にまた次へを繰り返す。
さらにそこへと気を取り直した侍中が加われば、既に趨勢は決したというもの瞬く前に二十人ほどいた山賊はことごとく地に伏すこととなった。
「ふむ…他に仲間はおらんようじゃのぉ」
「申し訳ありませんセルカ様!!」
スズシロを筆頭に、着物が汚れることも厭わずに地に伏せ頭を擦る侍中たち。
「不用意に扉に近づいたワシも悪いのじゃ。着物が汚れるであろう? さっさと立つのじゃ」
「しかし、私どもが油断などせねば…」
「よいよい、もう過ぎたことじゃ。せいぜい足の裏が汚れた程度じゃ、それにワシが強いのは今のでよう分かったであろう? 次からは気張らず適度に気を抜いておけばよい」
「そういうわけには…」
「しばらく野宿が続くのであろう? なればおぬしらが疲弊して飯が不味くなるのは勘弁じゃからのぉ…」
不自然に忍び足などされていたら分かるのだが、足音で何処に居る程度はわかるが誰かなどとは聞き分けれない。
お互いに不注意だったと、地面を抉らんばかりに頭を下げる侍中たちを何とか立たせ、再出発の用意をさせる。
「さて、こやつらの処分はどうするのじゃ?」
「はっ。野犬などに人の味を覚えさせぬ為にも、基本的には埋めてしまいます」
「ふむ、しかし今からコレだけの人数が入るほどの穴を掘るとなると、ちと骨じゃなぁ」
「えぇ、ですが野犬などが出てきて行商に被害が出ては事ですので」
「それもそうじゃな。うむ、ワシがまとめて処分してやるのじゃちと一箇所に集めてもらえるかの?」
「はぁ…かしこまりました。ですが、何かなさる前に検分してもよろしいでしょうか?」
「ん? うむ、そのあたりは任せたのじゃ」
スズシロは手早く指示を出すと、荷馬車に置いてある荷物から紙束のようなものを取り出し山賊たちを検分してゆく。
持ち物を調べる様子もなく、顔を見ては紙束をペラペラとめくっているので、恐らくあれは人相書きか何かだろう。
しばらく紙束と山賊の顔の間を行ったり来たりしていたスズシロが動きを止め一つ頷くと、また何か指示を出し紙束を荷馬車に仕舞う。
「スズシロや、何ぞわかったことでもあったのかの?」
「はい。どうもこいつらはここから幾分か離れた場所を根城にしていたようですが、いつの間に河岸を変えたのかこちらに来ていたようですね。幸いこの辺りで被害にあったという話は聞いていないので、来たのは最近のようですが。今回は報告に上がってないことが裏目に出ました…」
「ま、そういうこともあるじゃろうて。こうやって潰したのじゃ、これで民に被害は出ぬと今は喜ぼうではないかの」
「しかし、セルカ様を危険にさらしてしまいました」
「はて? 危険なことなぞあったかのぉ…? 竜に比べれば山賊なぞ木っ端とすら呼べぬ輩よ」
その竜ですらワシからすれば命の危機を感じなかった相手、首筋に剣でも突きつけられていれば違っただろうが。
どちらにせよワシを相手取った時点で、山賊の命運は決まったも同然だったということだ。
「ほれほれ、それを処分してしまうから、ちと離れるのじゃ」
スズシロを宥めすかしている内に集められた山賊だったものを狐火で綺麗に焼き尽くし、倒されていた木を道の脇へと移して再度出発する。
その日は山賊どものせいで随分と予定していた地点よりも手前での野営となったが、それにしてもとスズシロに注がれたスープの中身を見て気づかれぬようそっと苦笑いをする。
首を掻き切ったその日の夕食にお肉を出してくるとは、さすが精鋭肝も据わっているというか何というか…。
ワシも人のことは言えず美味しく平らげると、その日はあの山賊どもが追っ払っていたのだろうか、野犬の遠吠えも聞くこと無くぐっすりと寝ることが出来たのだった…。




