3278手間
歯軋りをするだけの野盗の頭をよそに、周りの者たちがワシに向かって罵詈雑言を浴びせかけるが、屋根の上に立つワシに届くようなものはない。
「さっさと降りて来いやァ!!!」
「ぶっ殺してやる!」
「カッカッカ、そこに転がる奴がどう燃えたかも分かっておらぬじゃろうに、よくもまぁそうも出来もせぬ弱々しい言葉が吐けるものじゃ」
火の粉が飛んできたのか、火矢を射かけられたのか、はたまた松明を投げつけられたか、もちろんそのどれでもないが対策が立てられていない状態で相手を挑発するというのは、見極めれる目が無ければ悪手に他ならない。
「こいつをこんな無惨な殺し方しやがって! てめぇに良心はねぇのか!!」
「それをおぬしらが言うかえ? 己のつまらぬ益の為だけに手をかけたておろうに」
野盗なんてのは、商人を襲って私腹を肥やしているのだ、殺し殺されなどいつもの事だろうに。
まぁ得てしてこういった輩は、自分の事は棚に上げていうものだから、ワシは鼻で笑って返事をしてやる。
「はっ! そりゃそうだ! 俺たちは何人も手にかけてきた、てめぇ一人増えたところで何とも思わねぇぞ」
「ま、そこを今ここで、とやかく言うつもりはないがの。手をかけてきた人数だけで言えば、ワシの方がなんにも言えぬからの」
「だが頭には敵わねぇだろ! 頭は戦争にだって行った事あるんだからな」
「ほう? 戦に従事したとなれば、ふむ…… 小国群との戦のどこかかの」
兵士としてか傭兵としてか、小国群との小競り合いのどこかに参加してたのだろうか、取り巻きどもが華々しい戦果を誇るかのように言っているが、当の頭は歯軋りを止めてだんまりを決め込んでいる。
そして彼はその目線だけをちらちらと坑道の方へと向けているが、逃げる算段でも立てているのだろうか、しかし坑道への唯一の道を塞いでいる炎は、小屋を焼き尽くして尚まだ人を絶対に寄せ付けぬ威容を誇っている。
「頭?」
「俺は確かに戦に行った、商人の護衛をしてるような腰抜けじゃねぇ、本気でこっちを殺しにかかってくる奴らの相手をした」
「そうだそうだ! 頭は強いんだぞ!」
「だが、その戦場で俺は見た」
「頭?」
頼みの頭の様子がおかしいということにようやく気が付いた取り巻きたちが怪訝な顔をするが、かたやその頭と言えば、再びギリギリと歯軋りを立て、思い出したモノを振り払うかのようにぎゅっと目をつぶって首を横に何度も振るのだった……




