3275手間
藪の影に隠れていた斥候の男は、なるほど今まで一度も見つかった事はないと豪語するだけあって、ヒューマンにしては上手く気配を消して隠れている。
いや、獣人の基準であっても十分に上手いといえる部類か、それでもあれだけ熱心にこちらを見ていては、あの櫓の上に居た間抜けたちに見つかるのも時間の問題だろう。
あぁ、いやもう見つかった、厳密にいえば何か居ると気付かれたか、幸いまだ野生の獣か何かだろうが一応確認するかといった段であろう。
そんな声が櫓から聞こえるが、斥候の男は気付いていないのか、まだこっちをじっと見つめているので、その首根っこをひっ捕つかまえて櫓から見えず聞こえもしない場所まで連れていく。
「はぁはぁ、いきなり何を……」
「んむんむ、ここまで叫ばなかったのは偉いのぉ」
「一声かけてから運んで貰えれば」
「いや、おぬし見つかっておったからの。ワシが声をかけておぬしの緊張が解かれては、完全に見つかっておったろうからの」
厳密にいえば見つかってはいないのだが、それでも彼の矜持には随分と傷をつけたのか、愕然とした様子でその肩を落とす。
「ですが、あれほど勢いよく離れてしまっては、見つかってしまったのではないですか?」
「いや? ワシがそのような下手を打つわけがなかろう。事実、見張っておったやつらはただの獣じゃろうと言っておるしの」
見張りの者たちが嘘を言っている様子もないので、油断させるためにそう言っている訳ではないことが分かる。
「ま、そんなことよりも、結論から言えばここに居る奴らは野盗で間違いはなかろう。よしんばそうではなかったとしても、鉄の採掘を無許可でしておるから違法じゃな」
それも彼らが逃げてきた先の領で許可を受けての採掘だったとしても、彼らの拠点があるのはワシらの領であり、クリスから認可を受けていないので違法である。
「では今から?」
「いや、夜を待つのじゃ。その話もするから一度戻るとするかの、あぁ、そうじゃ」
「はい?」
「舌を嚙まんようにの」
そう言ってもう一度彼の首根っこを子猫のようにひっ捕まえ、兵士や冒険者たちが待つ広場でへと向かう。
その道中、わずか数十秒程度の間ではあったが、油断でもしていたのか彼は悲鳴を上げるのを口を両手で押さえ必死に堪えるのだった……




