3274手間
ボリボリと後頭部をだらしなく掻く男の後を付ければ、ほどなく廃坑の入り口は見つかった。
といっても何も知らずに外から見れば、岩肌にくっつくように建てた少々戸の大きい倉庫か何かのようにしか見えないが、道案内をしてくれた男が戸を開けて入った時に、明らかに坑道を支えるような柱や梁、そしてトロッコの為の軌道が見えたので間違いないだろう。
それにしても、彼は勘が良いのかただの偶然か、入る直前にワシの方を振り返ったのには驚いた。
もちろんそれで見つかるほど、やわな気配の断ち方はしていないのだが。
「ふむ、流石に坑道の中までは無理じゃな」
坑道のように狭く不自然な場所では、流石にワシでも姿を隠すのは難しい。
姿を消すと言っても別にワシは透明になったり、霞のように触れても何もないという訳ではないので、触られたらそこに居ると分かるし、坑道のように暗く人々が前を見る為に注視しているようなところでは直ぐに見破られるだろう。
「恐らく坑道を通って行き来しておるのじゃろうが、それならば夕方まで待った方が良さそうじゃな」
坑道の中で何をしているのかは知らないが、坑道から繋がっている洞窟を抜け外に向かうにせよ、中で作業しているにせよ、夜まで作業と言うことはないだろう。
ならば夜は休むためにこちらに戻ってくるはずだ、別に今すぐに行動してもいいのだが、逃げられる確率を少しでも下げる為にも彼らが一所に集まるのを待った方がいいだろう。
その時をここで待っても良いのだが、ワシ以外の者は皆気が短い、一度戻って夜を待つ旨を、いや、その前にもう少しここの集落にいる者たちについて情報収集をした方が良いか。
「なれば…… あそこじゃろうな」
この集落は外から見えることを嫌ってか全てが平屋であるが、その中でも一番大きな家屋を探し目星を付けるとその屋根の上へと縮地で飛び乗り、屋根の傾斜で櫓から死角になる側へと身を隠す。
そうして再び耳をそばだてれば、予想通り中から如何にも粗野で粗暴そうなだみ声が響いてきた。
「おい、坑道の拡張工事の進み具合はどうだ?」
「へい、頭。ちょうど前に襲った商人どもが持ってた鍬やらを、ツルハシにして配ったところなんで、もっと堀進めれると思いやす」
「そうか。それにしても騎士どもも、まさか俺たちが自分で山掘って、鉄を作ろうとは思いもしないだろうな」
「自分たちで掘れれば、足もつくことはないっすからね」
「あぁ、だが派手にはやるなよ。やり過ぎると坑道は崩れるし、鉄を溶かす煙で位置がばれるからな」
如何にも小悪党といった会話だが、粗野で粗暴そうな声の割に存外に知恵は回るようだ。
とりあえず手当たり次第に掘れという訳でもなく、鉄を溶かす時には大量の燃料が必要、つまりは煙が大量に出るということも分かっている。
とはいえ良い話を聞いた、まぁ彼らからすれば悪いことになるのだが、野盗でありしかも勝手に鉄を採掘しようとしている。
野盗と言うだけで既に問答無用で死罪だが、そこへさらに許可なく鉄の採掘となればもう言い逃れのしようもない。
「あとは人質なんぞが居ないかじゃが……」
そこは襲撃する前にちょっとした騒ぎを起こせば分かるかと、ワシは櫓へと飛び乗ると、音もなく斥候の男が待つ藪まで音もなくするすると向かうのだった……




