310手間
最後の宿場を出発してしばらく、主街道を逸れ件の領地を大きく迂回する脇道へと入る。
主街道が出来てからは殆ど使われなくなった道ということで、整備もされておらず揺れもひどい。
酷いとは言ったものの主街道に比べればであり、昔乗った乗合馬車や商人の荷馬車の揺れを思えば子守唄にも等しいものだ。
「ここから次の宿場に着くには、どれぐらいかかるのかの?」
「この区域には道の状態を知らせるものがおりませんので、詳しいことはわかりませんが最低でも数日はかかるかと」
「ふぅむ、しかし落石や倒木ならばともかく何ぞ道が塞がれておったら、この大所帯では通れんくなるのではないかえ?」
ワシの乗る馬車に御者一人、護衛の馬に乗った者が六人に食料などを乗せた荷馬車に一人、さらにそれらの交代要員が数名荷馬車に同乗となかなかの大所帯。
整備もろくにされてない道であれば、どこかが通れなくなっていたとしてもおかしくはない。
「それに関しましては、行商の者に話を聞き通行不可の場所はないと確認を取っておりますので」
「ふむ、行商とな?」
「この道は領地の境にありますので村落は無いのですが、道をそれた場所に幾つか村落があるのです。そこへ定期的に薬などを売りに、行商が出ているのです」
「その行商とやらは、ヒューマンと狼の獣人の二人組だったりするのかのぉ」
「話を聞いた行商は確かに二人組でしたが、たしか猫と犬だったかと…行商に何かございましたか?」
「いや何…そういう行商のお話を聞いたことがあるだけで、特に意味はないのじゃ」
「そうでしたか」
ガタゴトと揺れる馬車の小窓から、まるで森の中を泳いでいるかのように近くを流れる木々を眺める。
「しかし平和じゃなぁ…魔物も少ないようじゃし羨ましい限りじゃ」
「その分魔石の供給が少ないので、その手の道具などが高価なのが難点ですが」
「ま、人が襲われるのと物が高いの、どちらかといえば選ぶ必要も無いことじゃろうて」
「おっしゃる通りで」
以前スズシロに聞いた話では、皇国の森は丈夫な木が密集するように生えており、豚鬼の様に体格の大きい魔物は住めないのだという。
だからそんな場所にも住める小角鬼どもが主な魔物で、豚鬼が生息しているのは王国に植生の近い国境の山脈付近程度だと。
「平和なのは良いことじゃが…腕が鈍りそうで怖いのぉ」
「セルカ様の武勇は聞き及んでおりますし、ご懸念は最もでございましょうが…」
「分かっておる、おぬしらの仕事は取らぬよ」
動き回ることも好きだが、のんびりすることはそれ以上に好きなので、至れり尽くせりのこの環境に否やはない。
問題なのはその至れり尽くせりの環境から、元の生活に戻った際のこと…カルンが王位を継ぐのを見届けたら、本気でこちらへ移住しようかなどと考えていると遠くからメシメシという嫌な音が耳に入る。
「今のは木が倒れる音かの…」
「流石セルカ様、私には何かが倒れたくらいしか聞き取れませんでした」
「音からして中々立派な木が倒れたようじゃし、道を塞いでおるようじゃったらワシがちゃちゃっと除けてやるのじゃ」
「道を塞ぐ…ですか、なるほど…」
「どうしたのじゃ?」
「あぁ、そうですね。王国ではあまり馴染みは無いかもしれませんが、木を倒して道を塞ぐのは野盗が偶に使う手ですので、まず私どもが周囲を警戒しますのですぐに外に出ないようお願い致します」
「ふぅむ…わかったのじゃ」
スズシロの言葉を聞いていたわけではないだろうが、辺りを警戒するかのように速度を緩めた馬車に、よりにもよって精鋭の侍中が護る馬車を襲うとは、盗賊であれば運が悪いことだと苦笑いを漏らすのだった…。




