3270手間
殲滅するだけならば簡単だ、ワシが行って一発ドンとやればいい。
しかし、万が一囚われの者であったりなどの善良な一市民が居た場合は、まとめて吹き飛ばすという訳にもいかない。
もちろん、場合によってはそれも致し方ない犠牲だと割り切る必要もあるが、今はそこまで選択を迫られておらず、一応はこちらが主導権を握っている状態なので、わざわざそんな事をしなくても良い。
「む? なんぞ言いたげな顔じゃな」
「い、いえ、私はなにも……」
「よい、なんぞ懸念があるなれば言うがよい」
「その……」
何か気付いていない懸念があるのならば言って欲しいが、彼は言いよどんでそれ以上は口にすることはない。
ならば何か不敬な事でも考えていたのか、それでも懸念があるならば言ってもらわねば困る。
「ふむ、ではなんぞ不敬なことを口にしても不問にしようではないかえ」
「あぁ、いえ、ですが」
「他の貴族やらは知らぬが、ワシが口にしたことを違えることはない」
「その、偵察する際に見つかった場合に、逃げられたり人質を取られたりしては」
「ふむ? そんな事を気にしておるのかえ? ワシが見つかるわけなかろう」
「自分は斥候をする際に一度も見つかったことがないことが自慢ですが、かの拠点では危うく見つかりかけました」
「なれば全く問題ないじゃろうな。とはいえおぬしらは見たものしか信じぬじゃろうしのぉ。ではこのコインが落ちた瞬間にワシを探し始め、見事見つけれたのであればこれをやろうではないかえ」
そう言って金貨を指ではじき天井付近まで飛ばし、冒険者の目がそちらに向かった瞬間を見逃さず、彼の死角へと縮地で向かいそのまま気配を消す。
細長い放物線を描いて金貨が落ちて机の上で澄んだ音と共に跳ね、ワシが既にいないことにぎょっとした冒険者は髪を振り乱すように首を動かし周囲を確認するが、当然のことながらワシを見つけることは出来ない。
もちろん彼の死角へと縮地で移動し続けるなどと言うズルはせずに、ただ単純に気配を消して室内にある観葉植物の傍に立っているだけだ。
「さて分かったであろう?」
「いつの間にそこに!?」
「コインが机ではねた時にはここに居て、ここから動いてはおらんぞ」
斥候と自ら言うならば目には自信があったのだろうが、すぐにワシを見失いワシが声をかけるまで、ただ立っているだけのワシを見つけられなかったのだ、彼は余程自信を無くしたのかがっくりと肩を落とし、出過ぎたことを言いましたと、ただうなだれているだけかそれとも頭を下げているのか、随分と気落ちした様子のまま謝罪を口にするのだった……




