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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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309手間

 畳の上で、への時に両足を崩し脇息(きょうそく)にもたれ掛かる、これで煙管(きせる)でも咥えていれば完璧だが生憎と手持ちにはない。

 なにせ煙管はマナを呼吸し辛くなる病の治療用具なため、嗜好品としては出回っていないのだ。

 要するに吸入器の位置づけであり、しかもその病の薬となる葉っぱの煙はとんでもなく臭いので、嗜好品しようと考えつかないのだ。

 仮に嗜好品として存在していたとしても、ワシは煙管を吸うことはないだろう…なにせ鼻が良いのだ、香木ならともかく鼻のすぐ近くで紫煙を燻らすのはちょっとキツイ。

 それに今ワシがくつろいでいるこの部屋は三畳程度ととても狭い、こんな中で煙など出しては病でなくとも呼吸困難になってしまう。


「昨日泊まった町から、確か道が分かれるんじゃったかの?」


「その通りでございますセルカ様」


 三畳程度の部屋でくつろぐワシとは対象的に、キッチリと正座するスズシロがそう答える。

 以前港から皇都に向かう際、最初に温泉に入った宿のある町、あそこから皇都とはほぼ反対方向に進むと霊峰フガクがある。

 そしていまはその道の最中、どこでワシがくつろいでいるかといえばなんと馬車の中である。


「この馬車はごろりと横になっても、椅子から落ちる心配が無いのは良いのじゃが、何とも不思議な気分じゃのぉ」


「我が国では、椅子のない馬車の方が主流ですので…」


「ほう…みなこの様な畳敷きなのかえ」


「いえ、流石に一般的な馬車は木張りで、貴族などが使うものだけです」


 ワシの胸の前で丸くなっている狐を撫でながら、この馬車に揺られること数日…今更な質問をスズシロにする。


「その割にはワシらがはじめに乗った馬車は、椅子付きじゃったのじゃが」


「私どもが椅子に座り慣れていない様に、王国の方も床に座り慣れていませんので」


「なるほどのぉ、それでこの国の馬車はこのようなものが主流というわけじゃな」


「その通りでございます」


 なるほど座り慣れない姿勢を長いこと続けるのは辛い。だからといって馬車の中に畳を敷こうとは中々面白い発想だが。


「それにこの様な形ですと、車内で夜を過ごすことが出来ますので」


「ふむ? 皇国では馬車が一日で動ける距離に宿場があるのでは無かったのかえ?」


 厳密に言えば日が出ている間にではあるが、馬車で動く限り野宿の心配がないのはありがたい。

 そう思っていたのだが、スズシロの言い方だとまるで野宿の予定がある様ではないか。


「申し訳ございません。この先で主街道を迂回して行くことになりますので…主街道以外は宿場が整備されておりませんので」


「道が塞がっておるのかえ? 落石倒木程度であればワシが除けるのじゃが?」


「いえ…この先の領地に問題がございまして…」


「ぶっちゃけたのぉ…」


「お恥ずかしい限りで……」


 しかし盗賊がよく出るなど領地で問題…ではなく、領地に…とは何ともはやキナ臭い。


「してどういう問題が起きておるのじゃ?」


「問題と申しましても、直接害がという訳ではございません」


「では何故迂回するのじゃ?」


「端的に申しませば面倒くさいのです」


「ふむ?」


「実は迂回する領地は、我が国で唯一男性が領主なのです」


 女性が主体の国にあって男性が領主とは確かに珍しい。しかし何故それが問題といってしまうほどに面倒くさいのだろうか。


「男性が領主というだけでは別に問題ではないのです、この領主含めその一派が男性の地位向上を声高に叫んでおりまして…」


「ふーむ、それだけでは益々面倒というのはわからんのぉ…」


「地位が向上するにあたって生ずる義務をこなすのならば、誰も否やはありません」


「するとその義務とやらはやりたくないが、地位は向上させろと言うておるのかの?」


「はい…、男性はは力が無い故に文官をしているのですが、今の仕事ぶりでも十分向上に値するなどと、防人を免除されておいてどの口が…矢面に立つこともなく命を賭けることも無い者たちが、我々と同列に扱えなど……」


 防人とはいわゆる軍隊の様なもの、シン皇国では成人後は必ず一定期間兵役の義務があるのだが、どうやらそれは女性だけで男性は免除されているらしい。

 王国の獣人は、カカルニアや皇国の獣人と種族が根本的に違うのか、ヒューマンと同じく男性の方が基本的に身体能力に優れている。

 しかし、ワシの知っている獣人とは女性の方が身体能力にすぐれ、男性はかなりひ弱だ…皇国の獣人はこれに当てはまり、それ故の兵役免除なのだろうが…。

 獣人は武や力を重んじる、そして何よりも尊ぶのは命を賭けることだ。その何れをも示さない彼らの態度にスズシロの声は怒りで震えている。


「ふぅむ、防人を務めるのであれば…とすれば良いのではないかの?」


「それはもちろん、防人が増えるのは良いことなのでそうは言っているのですが…そもそも彼らの言う地位向上というのが具体的にどういうことなのかさっぱりなのです」


「給料をふやせーとか、もっと良い役職に就けろとかじゃなかろうか?」


「直轄地であれば国が給金を支払うのですが、領地の者は領主が給金を支払うので我々に言われても、役職に関しても同じなのです。更に言えば城にいる文官長は男性なので十分良い役職に就いてると思うのですよ」


「謎じゃなぁ…」


「えぇ…唯一目的…でしょうか? この先の領主が女皇陛下にご息女が居られない事を引き合いに出して、男性の地位向上の旗印として男を皇にすべきだと言っているのですよ」


「あー、もしかして初…かはどうか知らぬが男の皇として、そやつ自分を推しとるのでは無いかの?」


「えぇ、その通りです。わかり易すぎるので他に裏がないかと思いまして、それで万が一があってはと迂回をすることに。セルカ様にはご不便を賭けるとは思いますが」


「なに気にすることはないのじゃ、よくわからん者に絡まれるよりは野宿の方がマシというもの。それにワシに言わせれば野宿なぞ慣れたものじゃしの」


 以前スズシロが女皇に子供が居ないから面倒がと言っていたのはコレのことかと納得し、本当に申し訳なさそうに野宿となることを謝るスズシロにひらひらと手を振って気にしてないと伝える。

 長いことハンターをやって来た身としては野宿程度、スズシロにいった通り慣れたものこの馬車内で寝泊まりするらしいのでテントを張る必要がない上に、料理などもスズシロらがやるというのだから宿と大して変わらない。


「して今日から野宿になるのかの?」


「今日は件の領地に入る前の、最後の宿場に泊まる予定でございます」


「ふむ、ではワシは着くまでちと一眠りするのじゃ」


「かしこまりました、どうぞご緩りとお休みください」


「うむ、おやすみなのじゃ」


 くあぁと口を手で覆いながら一つあくびをすると、脇息を枕に眠りにつくのだった…。


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