3257手間
花を育てる用途の温室には、花を増やすために種や苗を植え、養蜂箱も併設して育てる準備は一応は出来たと言えるが、当然植えたからすぐに花が咲くわけもなく、その間に蜂たちの食糧となる花の蜜などはどうするか。
もちろんその点はワシらもダークエルフたちもよく分かっているので、蜂たちは温室だけでなく既にある庭の花にも向かえるようになっている。
「おっと、蜂たちが動き始めたようじゃが、飛び方が随分とふらふらしておるがまだ酔っぱらっておるのかえ?」
「いえ、あれは単純にここがどこか分かっていないだけですね」
「たしかにいきなり全く知らぬ場所に連れてこられたわけじゃからの」
養蜂箱から飛び出してきた蜂たちは、ふらりふらりとした動きでしばらく飛んでいたが、彼女らは何かを見つけたのか何匹かが同じ方向にひゅっと飛んで行った。
「どうやら花を見つけたようですね」
「蜂とは随分と鼻が良いのじゃな、まぁ鼻があるかどうかは知らぬが」
「まぁ蜂たちも、それで生活していますから」
少しして先ほど飛んで行ったであろう蜂たちが戻ってくると、戻ってきた蜂たちは養蜂箱の入り口に集まっていた捌の群れの中に入ると、何やら語り合うように動き回ったと思えば、一部の蜂たちが一斉に先ほどの蜂が飛んできた方向へと向かう。
「おぉ、あれだけの蜂が飛んでくるのは、苦手な者は卒倒しそうじゃな」
「この蜂は、襲わない限りは刺さないので安全なのですがね」
「大抵の者は、飛んできた蜂が刺すか刺さないかなど分からんじゃろうしな。何より虫の羽音というのは耳のいいワシらにはちときついものがあるのぉ」
得もいわれぬ不快感とでもいえばよいか、自分の周囲には飛んできていないのに、思わず頭の上で手を振って虫を追い払いたくなる衝動に駆られる。
虫の羽音が聞こえてくると、耳に飛び込んでくるのではないか、そんな不安感に襲われるというのは獣人は皆あるのではなかろうか。
「あぁ、確かに耳が大きいと飛び込んできそうですものね」
「特にワシは大きい種じゃからのぉ」
猫や犬の種に比べて、狐であるワシの耳は一回りほど大きい。
当然その分だけ虫が入って来そうではあるが、今まで一度も虫が耳に飛び込んできたことはない。
なので気にする必要はないのだろうが、やはりそれでも気になるのは何か本能的なモノなのだろうかと、さらに巣から飛び出る蜂の数が増えてくると思わず一歩巣から距離を取るのだった……




