307手間
縁側に腰掛け、足をだらしなくぷらぷらとさせながら庭を眺める。
眺めてる…といっても、別段見てて飽きないとか言うわけでなく、むき出しの土をならしただけの場所である。
見えるのは二十人ほどが運動しても尚広々とした空間に、夜警のためであろう篝籠がいくつかと、屋敷を囲む塀だけ。
「暇じゃなぁ…」
「でしたら王太子様と一緒に、文官の仕事を見に行けばよろしかったのでは無いでしょうか…」
「仕事というても税やら嘆願書やらの書類などと、にらめっこしておるだけじゃろう?」
「えぇ…まぁそうですが…」
今まで温泉や料理を楽しんでいたワシら―カルンは―だが、別にシン皇国に遊びに来ているわけではない。
本日より本来の目的、様々なことを学ぶことが開始された、無論毎日というわけではないのでこれからずっと、ワシは無聊をかこつ必要があるわけではないのだが。
今日は初日ということで昼を食べた後、カルンは外郭にある文官の勤め先を見学しに行った。これからしばらくは城の公務を見せた後、簡単なところで一緒に働かせるらしい…。
「ワシぁしばらく書類など見とうない……」
「はぁ……」
こちらに来る結構前に引退し、書類仕事はたまに処理しきれない時ぐらいにお鉢が回ってくる程度。
それでもカカルニア建国当初の、書類に溺れる生活が長かったせいでようやく書類から開放されたのにという思いが未だに強い。
しかしそんなワシの事なぞ露ほども知らぬスズシロは、何か嫌な思い出でもあるのだろうかと首をひねっている。
「という事でじゃ、ここはやはり城下町に往こうではないか」
「ダメです」
「なぜじゃぁ…」
「セルカ様は、ご自身のお姿を自覚しておいでですか?」
「たしかに上等そうな着物ではあるが…柄は地味なものじゃよ?」
今着ているのは、淡紅藤の生地に麻の葉柄の袖口が広い着物を鶸萌黄、七宝柄の帯で留めたもの。
確かに一見して上等そうな生地を使っているのは分かるが、ド派手というわけでもない。
「着物ではなく、セルカ様ご自身の容姿です」
「かわいいのは知っておる」
ふふんと胸をそらすが、帯でぎゅっと留められているので胸元が苦しく、すぐに元の姿勢に戻す。
「いえ…おかわいらしいのはよくよく存じておりますが…セルカ様のご容姿はとても目立つのです」
「確かに声をかけてくるやもしれぬが、おぬしが側に居ればそうそう虫が寄ることもあるまい?」
「セルカ様? セルカ様は狐の獣人で、しかも尻尾が九本です。 狐の獣人は女皇陛下を始め大きなお社にはいらっしゃいますが…尻尾が九本もあるかたは一人もいらっしゃいません」
「確かにめずらしいじゃろうが…」
「珍しいどころではありませぬ、あっという間に囲まれて拝み倒されますよ」
「むむむ…」
危険だなどというありきたりな理由などではなく、拝み倒される…わざわざスズシロがそんな事を口にするのだ。本当にそうなってしまう可能性が高いのだろう。
「しかしじゃな…ここまでの道中、町中をあるいたのじゃが、一度もそんな事にはならんかったではないか」
「あれは私ども侍中がずらりと周りを囲んでいたからです、ですがセルカ様のお姿をみた幾人かは拝んでましたよ」
「マジか…」
「それに皇都では私も有名人でございます。人を避けるどころか人を呼んでしまいますので…下手をすると人垣で一歩も動けぬ事になるかと……」
確かに道中の町ではキャッキャとはしゃぐ人が多少いた程度だが、皇都に入った時はまるで憧れのイケメン騎士団のパレードもかくやといった具合だった。
スズシロが人を呼びワシが拝まれる、そんな状況で観光なぞ不可能だろう…。
「はぁ…仕方あるまい、ワシはしばらく部屋でゴロゴロする故、呼ぶまで入らんようにの」
「かしこまりました」
縁側から立ち上がり、居間へと向かい中に入ると襖をぽすんと閉める。
すると尻尾からスズリが待ってましたと飛び出して、先に居間に居たきつね色のもふもふとした饅頭の上にのしかかり、白い一文字が入ったもふもふ饅頭と化す。
「ふあ…お主らを見ておったらワシも眠くなってきおったわ」
誰も居ないことをいいことにあくびを一つして、そこらの座布団をスズリらの近くに集めその上で、手を枕にして丸くなりすやすやと寝息を立てる。
夕餉が出来たとワシを呼びに来た侍従が倒れるといったちょっとしたハプニングがあった程度で、それからもカルンの視察もワシの無聊も滞りなく進む日々が続くだけだった…。




