306手間
足をハの字に広げいわゆるアヒル座りをして、両手はだらしなく畳へと垂れ垂れ下がり、右頬を頭の重さそのままに座卓へとくっつけている。
「ずいぶんと…疲れてるようだけど、珍しいね?」
「そうなのじゃよ、カルンと別れた後に女皇がやって来ての」
「へー、ミズク女皇が…何の話をしたの?」
部屋に戻ってきてからずっとだらけてるワシに、カルンがたまらず声をかける。
するとワシはまってましたとばかりに、ガバッと体を起こして先程おこった事を話す。
普通一国のトップが態々話をしに来たと聞けば驚きそうなものだが、カルンは王子様なのだ一国のトップが実の父親。
まるで、近所のお母さんが話に来たんだ程度の態度で、ワシの話に耳を傾けている。
「ワシへの話は些事じゃよ。それよりもじゃ、その話の途中で女皇とスズシロが言い合いになってのぉ…周りは助けてくれぬし、言い合いもだんだん最初の趣旨とずれて、ただのお小言になっていくで…のぉ。勝手に帰るわけにもいかぬわで、はぁ…全く災難じゃったわ」
「あぁ…女の人って一度話し出すと長いもんね」
「いやいや、男も中々話し込むと長いじゃろう。しかし…そんな俗っぽいこと何処で知ったのじゃ?」
「え? 母上と侍女たちだよ、よく服装のことで話し込んでてね…それがいつの間にか全く関係のない話で盛り上がってたりするんだよ。ほんとあそこまで話し込むことなんて出来ないし、男に産まれてよかったよ」
「なーに男は関係ないみたいもぬかしおってからに、男の長話も大概じゃぞ。ワシの友人なぞ普段は剣なぞ斬れればいいなんて態度じゃが、話し始めると一刻 ―約一時間強― は語り始めて最後は何ぞどうでもよい薀蓄を垂れ始める始末じゃ」
「剣にはほらロマンがあるじゃない、だから一刻くらいは仕方ないよ」
「なんぞ謂れのある名剣ならば語るのも致し方あるまいが、ただの剣にロマンなぞ求めずとも斬って斬れればそれでよかろう、所詮は消耗品じゃ」
ミスリルの剣でさえ、ワシの様にデタラメな量のマナを籠め続けれなければ、意外とあっさりポッキリといったり刃こぼれしたりする。
いわんやこちらで主流の鋼の剣では…だ、魔導器もマナを籠めるため鋼の剣よりは長持ちするが、それでも心なしかといった程度のもの。
どちらの剣にしろ、愛着を持ってしっかりと手入れすればその分長く使える、だが執着しては命を落とす。
剣は消耗品ということを念頭に置いて、実戦で使えるか否かを見極めねば剣同様あっさりと魔物に折られる。それがこの世界だ。
「ねえやは分かってないねぇ…消耗品だからこそ語ることがあるんだよ。それにねえやだって…消耗品とか言ってる割にあの剣には綺麗な装飾が施されてるし、かなり大事にしてるじゃない」
「むむ! 何を言うか。あれはワシが長い間使い続けておる、すでに伝説の宝剣と言っても過言ではないものじゃぞ。おぬしの父親もあれを見た時ずいぶんと狼狽えておったしの」
何処で覚えたのか…チチチチとキザったらしく舌を鳴らして人差し指をたて左右に振るカルンが、ちらりと部屋の隅に立てかけてあるワシの剣を見て消耗品とは言えない入れ込み用じゃないかと言い募る。
実は立てかけてあるのはダミーで本物は腕輪の中に入ってるのだが、そこはカルンも知らないことなのでキッチリと反論する。
ミスリル製のというよりも、ミスリル自体がこちらでは伝説の存在な上にワシが長いこと使い続けているので、物語に出てきてもおかしくない一振りと既になっている。
ぶっちゃけるとワシの持っているミスリルのナイフ、あっちの方が文字通り神が与えたもうた一本なのでそれこそ御本尊になるレベルだが…。
ちなみになんで都合よくダミーの剣を持っていたかというと、ワシがカカルニアで家に飾る用に色味だけ似せた鋼の剣を作らせたのを忘れて、腕輪にしまいっぱなしだったもの。
流石に預けたりする可能性もある物が、マナの操作に慣れていないこちらの人がちょろっと触ればマナを際限なく吸い尽くしてしまう…と言うのは危ないだろうと、防犯も兼ねて何か無いかと腕輪を探ってるときに見つけたのだ。
「そういえば…そうだったね。いや…でもやっぱり剣は実用的なものだし、語り尽くせないのは良いことだよ」
「確かに知らぬより語り尽くせぬ程の知識を持つのは良いじゃろう。じゃがそれは際限なく薀蓄を聞かせても良い言い訳にはならんぞ。そもそも――」
こちらでも侃々諤々となってしまったが、結果的にワシと女皇の話から完全にそれたので結果おーらいだろう。
「良かろう! なれば鋼の剣ごとき実戦では木っ端の様に折れると、骨身に叩き込んでやるのじゃ!! 剣をもてぇい!!」
「まままま待って待ってねえや! ほ…ほら…」
「セ…セルカ様、夕餉の支度が整いましたので…その…部屋を移していただければ」
ワシがすっくと立ち上がり着物の裾をバサリと翻して、どこぞの将軍かの様に声をあげると、カルンは慌てた様子で部屋の入り口を指差す。
指差す方に目を移せば、ワシの剣幕に何事かと少し怯えた様子で食事の用意ができたと、頭を低くしている侍従の姿。
「む、もうそんな頃合いじゃったか…んむ、では夕餉の後に知らしてやるとするかの」
「僕は少し侍従と話があるから先に行ってて、ねえや」
「ふむ? わかったのじゃ」
カルンに促され、食事が用意されている部屋へと向かい、ほどなくして言葉通り少し遅れてカルンがやってくる。
今日もまた新鮮な魚介類を中心とした料理に舌鼓を打ち、食べ終わって久々の稽古だと部屋に戻れば何と食後のお菓子が用意されているではないか。
「お城で随分と御気に召して頂いたご様子。なればと同じお店のお菓子を、ご用意させていただきました」
「すごい量だね、僕は少し貰えればいいから。後は全部ねえやが食べていいよ」
「ほんにか?! おぉお…どれから食べようかのぉ」
目の前に並べられたお菓子の数々に、すっかり稽古のことなど忘れてその日は大満足で、床に就いたのだった…。




