3227手間
技術者たちはもちろん、近侍の子らや近衛たちも障壁を殴る瞬間というのを見たいのか、距離を取ってワシの横や障壁の向こう側へと回り込んでその瞬間を興味深そうに待っている。
「いつでも良いのかえ」
「……はい、いつでも大丈夫です」
若い技術者は他の者たち同様に距離を取り、障壁の魔導具の傍に居る技術者に目配せをして彼から合図が返ってくると、ワシに向かい神妙に頷く。
ならばとワシは障壁の前に立ち、軽く右の拳を引いてから気の置けない友人同士が、拳を突き合わせてする挨拶くらいに見える勢いで障壁を殴りつければ、重い物同士がぶつかった低く鈍い音と、ガラスが割れるような甲高い音が同時に響き渡る。
それと共に砕け散った細かい障壁の破片が、それこそ割れたガラスのようにワシに向かって弾け飛んでくるが、それを障壁で防ごうとしたが破片は障壁などないかのようにすり抜けワシの身に襲い掛かってくる。
とはいえこの程度のモノでワシが傷つくこともないが、服が破れては困ると自分の身を焼くように、自分自身に狐火を纏わせて飛んできた破片を燃やし尽くす。
「燃えッ!」
「ふむ、このような機能を見るのは初めてじゃ」
突然の炎に驚いたのは技術者たちだ、近侍の子らや近衛たちはワシが炎を自在に操ることは知っているので動揺すらしないが、技術者たちは目の前でいきなり人が燃えたのだ、すわ魔導具の不具合か、何が起こったんだと慌てるが、彼らがパニックに陥るよりも早く炎は消え、その中から煤一つついてないワシが現れ彼らを落ち着かせる。
「この炎はワシの法術じゃ。それにしても、障壁を殴った者に反撃してくるような機能を隠しておったとは、なかなか面白い余興じゃったぞ」
「反撃? いえ、そんな機能はないですが……」
「砕けた障壁が飛んできたのじゃが、ワシでなければズタズタに引き裂かれておったやもしれんのぉ」
「砕けた? ……あっ!」
ワシが燃えたことに気を取られていたのか、誰も障壁の状態を見ていなかったのか、ワシの言葉でようやく障壁に技術者たちが目を向けた頃には、ボロボロになった障壁が崩れ宙に溶けるように消えるところだった。
「そっちの記録はどうなってる!」
「分かりません! 稼働記録には何層かの障壁が破壊されたとしか」
「砕けた表層の障壁がかろうじて残っていた障壁に弾かれた? いや、しかしそのような話は実験記録の中にも……」
「再現性はありそうか?」
「いえ、今のところは何も。砲撃、銃撃、魔法、ゴーレムによる大質量攻撃、あらゆる方法での破壊のどれもこういった反応はなかったはずですので、今回が初めてで再現性は薄いかと」
「もう一度見るかえ。おぬしらはワシの炎に気を取られて、障壁を砕く瞬間を見ておらんようじゃったからの」
障壁を砕くさまを見せるはずだったのに、技術者たちはワシの炎に気を取られて完全に本来の目的を見失っている。
ならばもう一度見せるのもやぶさかではないと、障壁の魔導具を操ってる技術者に声をかければ、発動までももう少しかかりますと申し訳なさそうに頭をかくのだった……




