305手間
目が点、そう言う他ないだろう…。
こう…なんというか間にあるお友達になりましょうとか、色々なものをすっとばしてきた。
よりにもよって娘…だと? 何故そこで娘…?
「急に言われても戸惑うでしょう…ですが、考える間はたっぷりとあります。これはお互いに良いことで――」
「いやいやいやいや…何なのじゃ? 友誼を結ぼうとかならわかるのじゃが、何故に娘になれと」
「王国から貴方は、天涯孤独の身と聞き及びました。数少ない同族が異国の地でただ一人…」
「あー…うむ、何となくわかりはしたのじゃが…ほれ、ワシはカルンと婚約しておるからの? こう一人ではないしの?」
よよよ…と着物の袖を掴み、わざとらしく目元に持っていく女皇に呆れつつ、何とかこの話は無かったことにしようと努力する。
確かに帰る糸口すら見つけてない現状は、天涯孤独とも言える…カイルとライラに会えないのは寂しいが、お互いそれを嘆き悲しむ様な歳でもない。
言わばワシは子供は立派に独り立ちし夫に先立たれ、日々お線香をあげながら縁側でお茶を飲むお婆ちゃん的立場である。
「えぇ、もちろん知っています」
「じゃったら…」
「だからこそ…ですよ? 王太子の婚約者とは王太子妃となるもの…そしてゆくゆくは王妃となる……」
「ほれ…なんぞ…正式に決まった婚約でも無いしの? 王やカルンが心変わりをするやもし――」
「そう、その為です!」
「お…おう…?」
あくまでもあくまでも、はしたなくならない程度に握りこぶしを掲げ、女皇が語気を荒らげる。
「そこで余の養子となれば、その婚約に否やを突きつける者も居ないでしょう」
「たしかにそうじゃろうが……」
養子といえども隣国、それも友好国のトップの子との婚約となれば、それにケチを付けるような奴はまず出てこないだろう。
もし出てきたのであれば余程のバカか、遠謀深慮を極めた者のどちらかだ。
「それに余としても、娘が出来るとなるとありがたい」
「ほう? それはどうしてじゃ?」
「余はこの歳でまだ子はおらぬ、いやそもそも夫すらおらぬ。しかし、そこで養子を…それも娘をとれば早く結婚をといろいろせっついてくる輩も黙るであろう」
「いえ、それはありえませぬ女皇陛下」
完璧な策略だとばかりに誇らしげに語る女皇に冷水をかけたのは、意外にもそばで控えていたスズシロだった。
「ほう? それは何故だスズシロ」
「セルカ様を次代の女皇になさるのであれば良いのです」
「いや、よくないじゃろう」
「いいえ、セルカ様。貴方様が女皇を継いでくださるのであれば…我ら侍中一同、諸手を挙げて歓迎させていただきます」
言い切ったスズシロは、ワシの開いた口が塞がるまでの間に矛先を再び女皇へと向ける。
「ですが、例え養子とされても隣国の王太子妃として差し出すのであれば、我が国の跡継ぎがおりませぬ!」
「しかし、今はそれどころではなかろう」
「だからこそです、早くお世継ぎをお産みになって黙らせるのです」
「ワシ…もう屋敷に帰ってよいかの…?」
スズシロは意外にも口うるさい御側役だったのだろうか、侃々諤々と言い合っている。
そんな二人には既にワシなど眼中にないのか、ワシの切実な提案も嵐の中の木っ端の様に吹き飛ばされた。
「のう…帰ってよいかのぉ…」
女皇相手では流石のワシも勝手に帰るわけにもいかず、周りの侍中に助けを求めるが申し訳なさそうに眼をそらされるばかりで、しばらく終わりそうにない口論にがっくりと肩を落とすのだった…。




