304手間
お茶菓子のおかわりを二度、三度と頼み、その度にすあまに饅頭に干琥珀と手を変え品を変えワシの前に現れる。
和菓子ほどは発展していないのか、見た目は素材から作ったそのままといった感じではあるが、これほど甘味の種類が多いのはこの国が平和で豊かな証拠だろう。
甘味が多いのはそれに加えて、女性主体の国だからという可能性もなくはないが。
「うむうむ、甘いものは別腹とはよく言ったものじゃのぉ」
干琥珀、その最後の一つを口に運び、しゃりしゃりぷるぷるとした食感と甘みを楽しみ満面の笑みでおいしさを表す。
そんなワシをとろけるような視線で侍中たちが眺めていたが、ガラリと開かれた戸の音にすぐさま引き締められ、ワシが知ることはついぞ無かった。
「スズシロや良いところに戻ってきたのぉ。 戻ってきてそうそうで悪いのじゃが、屋敷へと帰る前にもう一品だけ茶菓子をたのめんか…の……?」
「ふふふふ、皇都自慢のお菓子店の品、堪能しているようで何よりです」
言葉尻でふっと視線を戸口に向ければ、そこに立っていたのはスズシロではなく、先程見たばかりの意外な人物が立っていた。
先程はあまりジロジロ見ることも無かったので気付かなかった、優しそうなタレ目を微笑ましげに細めたミズク女皇…。
「お? おぉ? なんぞ?」
「余と少しお話しましょう?」
別段偉い人だからといって緊張するとは無縁だが、意外過ぎる人物の登場に語彙が消え失せる。
そんなワシの様子なぞ知ったことでは無いとばかりに、ワシの向かいへと何の違和感も無くスッと花色の着物の裾を翻し女皇が座る。
この様な女皇の行動はよくあることなのか、それともそういうのを表に出さないようにしているのか、侍中たちは気を引き締めては居るものの慌てる様子はない。
「して、何の用なのじゃ?」
「先程も言ったでしょう? お話をしたいと」
女皇が座ると同時に配膳されたお茶菓子を、女皇が優雅に口に運びお茶を飲んで一息ついたところを見計らって疑問を口にする。
「それは分かっておるのじゃが…まぁ、ワシも聞きたいこともあったし良いのじゃが…」
「それは好都合ね、それじゃあ貴方の話から聞きましょうか」
「それはありがたいが…良いのかえ?」
「ええ…」
何か話があってここに来たのでは無かったのかと思うのだが、女皇は短く肯定の言葉を紡ぐとお茶を飲みほっと一息吐いて、こちらの言葉を待っている。
「ふーむ、では…そうじゃのぉ。 侍中たちのことなのじゃが……」
「侍中たちが何か粗相でも……?」
ワシが口にした言葉に対し、女皇の返答にはかなりの険の混じる声だが、それはワシに対してではなく侍中たちに向けてのようだ。
その証拠に鋭く研いだ刃の様な視線を、ちらりと侍中たちに向けている。
「いや、何ぞ粗相があったというわけではないのじゃ…いや……粗相と言え粗相かの?」
「ほう……」
あからさまな態度には出ていないが、侍中たちはワシらの言葉や視線に慌てたりほっとしたり、また慌てたりと心中穏やかでは無さそうだ。
「いやの…王太子であるカルンより、ワシの方を偏重しとる様でのぉ…」
「貴方は神子、我が国で神子を重んじるのは当たり前のことよ」
「そう…それじゃ、会ってなんぞ色々と知ってならばまだ分かるのじゃが、スズシロが言うにはどうも会う前から決めておったようではないか」
「狐がこの国で敬われているのは知っていて?」
「うむ、じゃがお主が居るのじゃ、別にこの国で狐の獣人が一人だけというわけでもあるまい?」
人が産まれるには必ず親がいる、さらにその親にも親はいる、もしも親もなく子が産まれるのであれば…それは神の御業に他ならない。
「えぇ…数は少ないけど居るわ。 その殆どが社に勤め…そして御供の方は全て私たちが担っているわ」
「まさかワシにそれになれというわけかの?」
「まさか…供犠の方は年老いた者が、自主的にやるようなものだもの…」
「なんじゃ…そうなのかえ」
生贄というと、どうしても若い娘というイメージがあるので身構えてしまったが、どうもここではそうでは無い様でほっとする。
「しかし、そうなるとじゃな? ワシを神子にして何の意味があるというのじゃ、この国の民であるならばともかくじゃの…」
「だからこそ…我が国が軽んじていないという証拠になるでしょう?」
「いやぁ…逆に重くてびっくりなのじゃが」
「ふふふふ、それは我が国の為であるからですよ」
口に手を当て柔らかく笑う女皇の姿に首を傾げる。
「尻尾の数は、その者の格と強さの証と言われています。 それがセルカ殿には九本もしかも狐の獣人で見目も麗しい、そんな者を軽んじては民が怒るのです」
「理由は全く同意じゃが…最後のいるかの?」
見目が麗しいということには深く頷く他ないが、それは担ぎ上げる理由に含まれるのだろうか…。
「もちろん。輿がボロではつまらないでしょう?」
「あぁ…うむ…そうじゃな」
確かに担ぐものがボロでは、やる気は削がれる…。 ボロだからこそありがたみも増すモノもあるだろうが、それは元からありがたいものだろう…。
もしくはニッチな趣味をお持ちの方くらいなもんだ。
「はぁ…しかし狐の獣人が他にいるとはのぉ…ワシは血縁の者以外に会うのは初めてじゃから見てみたいものじゃのぉ…」
「社に行けば会える…というよりも向こうから積極的に会いに来るでしょう」
「ふむ、それは楽しみじゃの」
時期にもよるだろうが、当然子供も居るだろうし同族の子供を抱いてみたいなと頬を緩める。
「それでセルカ殿の聞きたいことは全てですか?」
「んん? そうじゃなぁ…火急というわけでもないが一先ず聞いておきたいことは聞いたかの」
とりあえず生贄にもされる素振りはないし、カルンよりワシに重きを置いているのも女性上位だからというわけでもない。
もちろんそれを言っては色々と問題になるので言ってないだけかもしれないが、宗教上の理由と民衆心理の為とあらば納得せざるを得ないだろう。
「余からのお話、というよりも頼みと言ったほうが良いでしょうか…」
「むぅ? なんじゃ? 厄介事は勘弁じゃの」
「ふふふ、いいえ厄介事ではありませんよ」
今まで着物の影に隠れていた女皇の尻尾がぱさりと揺れて目に入る。
「本当かのぉ…」
「とても簡単なことですよ…余の娘になりません?」
「……はぁ?」
女皇の言った言葉が耳を突き抜けて、反響を捉えた頃にようやくその言葉の意味を理解して尚すっとんきょうな声だけが喉から出てくる。
この女皇の突飛な話を否定しろと辺りを見回しても、侍中たちは事前に知らされていたのか慌てる素振りすらない。
その様子を見回して女皇を見つめ何か言い返そうと思っても、口からはもう一度「はぁ?」という音しか出てこないのであった…。




