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殺気というのは人によってはその感じ方は違い、それに対する表現もやはりまた全く違う。
とはいえ大体はその者が身を置いてきた環境によって、似たような感じ方となることが多い。
例えば狩人であれば、殺気を獣の眼光であったり牙であったり、剣を扱う者であれば剣を突きつけられたり向けられているようだと感じることが多い。
ワシの場合は嫌な視線のように感じるが、大抵の場合は身に迫る危険として感じるので、やはりそれが自分にとって脅威であるか否かで感じ方が大幅に違うのだろう。
とまれ彼がワシの殺気をどう感じたかは彼にしか分からないだろうが、それを振り払って情けない一撃であろうとも繰り出したのは驚異的なことであろう。
しかしこれ以上続けるのはもう精神的に無理であろうから、彼の一番強い者と戦いたいという願いはここに叶ったと考えていいだろう。
「さて、おぬしの願いはこれで叶ったじゃろう」
「あ、あぁ。絶対に敵わない相手とは思いもしなかったが」
絶対に敵わない相手と対峙して生きているというのは貴重な経験であるが、寿命の短い彼らからすればその経験は更に貴重となるであろうし良い機会になったと思いたい。
「んむ、では最も強き者と戦いたいという願いは叶った見てよいな」
「はい、王太子妃殿下」
今度は審判に向かい、そしてこの場に居る全員に向けて宣言する。
それに対し審判は恭しく、会場のどこから見ても分かるように大きな動作で頭を下げ同意し、獣人の男もそれに倣おうとでもしたのか、剣にすがりながら立ち上がろうとするが、腰でも抜けたか足に力が入らないのか、図らずも恭しく跪くような姿勢になる。
その姿を見てワシ相手に健闘したように見える男へ観客たちから万雷の拍手が贈られ、彼の代わりにワシが手を上げその拍手に応えてから、縮地でもって貴賓席へと戻る。
「お疲れ様でございました」
「ワシからすれば何の苦労もないことじゃ」
いの一番に接待の者がかけてきた言葉に鷹揚に答え、椅子に座れば待ってましたとばかりに酒などが振舞われるが、すぐに話を聞きに来るだろうと思っていた貴族たちが全く寄り付かないどころか大人しい事に疑問を感じ周囲を見渡せば、彼らは皆ぐったりとした様子で椅子に持たれかかっている。
「彼らは皆、神子様の殺気に当てられたようでして」
「ふむ。観客に対してはかなり薄くしておったのじゃがのぉ」
気を失ったり粗相をしていないだけ上出来と言った方がいいだろうか。
薄くしたとはいえ、やはり普段から身の危険を感じない者たちからすれば、そんな殺気でも衰弱するには十分すぎるほどだったのだろうか。
「ふむ? しかし、おぬしは堪えておらぬようじゃが?」
「大きな声では申し上げられませんが、私は万が一の際に皆様方の護衛も出来るよう鍛えておりますので」
「あぁ、なるほどのぉ」
近侍の子らや近衛はともかく、接待の者も存外堪えていないように見え、なぜかと聞いてみれば彼は小さな声で接待だけでなく護衛も兼ねているからと、そんなモノはワシには不要だからか小さな声で答えるのだった……




