3195手間
ガリガリと地面を削りながら振り上げられた剣を余裕をもって回避し、一緒に飛んできた石の欠片などを叩き落とす。
障壁で破片を防ぐのは容易いが、今この場でそうするのは無粋というものだろう。
「目くらましのつもりやもしれぬが、無駄じゃったの」
とはいえ悪くはない一手、この後はどうするのかとあえてゆっくりと、人に道を尋ねるように掌底を打ち出すが、それを見た男は振り上げ切っていない剣を大慌てで無理やり振り下ろすが、間に合わずワシに触られる。
この場に居る誰もが子供が大人に触れた程度の威力に見えただろう、しかし、相手は馬に撥ねられたかのような勢いで吹き飛び地面を何度も跳ねるように転がる。
それでもすさまじい反射神経故か、触れられる瞬間に手を離したのだろう、剣だけはワシに振り下ろした勢いのままぶつかるが、こちらも掌底を打った手を引いて人の手を払いのけるかのような気軽さで弾き、飛んでいく前に手を伸ばしてその柄を掴む。
「んむんむ、良い目を持っておるの」
「お、王太子妃殿下、流石に殺害に及ぶような攻撃は……」
「あぁ、大丈夫じゃ。見た目は派手に吹き飛んだが、打つときに法術であやつを強化してやったからの」
地面に転がりピクリともしない男を前に、恐る恐ると言った様子で審判の者が近寄ってくるが、ワシは大事ないだろうと彼に言う。
その証拠にさっきまで動かなかったのが嘘かのように、獣人の男は慌てて起き、何が起こったのか分からぬといった様子で全身をぺたぺたと触っている。
「な、なにが起きたんだ?」
「ほんに軽く小突いただけじゃよ」
「か、軽く? 食らった瞬間、死んだと思うくらいの衝撃があったんだけど、なんか全く痛くない」
「そうであろう。流石に人死はまずいからの、打つ瞬間におぬしを丈夫にしたのじゃよ」
「俺を丈夫に? あれを食らっても大丈夫になったのなら、俺はもっと強く!」
「残念ながら、今の一瞬だけじゃよ。それ以上の間、強化しようとすれば死んでしまうからの」
強化をしたと言ったが、実際は彼の周囲に障壁を作り出して衝撃を殆ど無効化しただけで、それを維持するとなると彼がマナ中毒になりかねない。
それに彼のように元が、ワシに比べて丈夫でないのにそんなことをしてしまえば、障壁頼りの戦い方になり障壁が消えた時に大怪我ならばいい方で、確実に死んでしまうだろう。
「ま、それに頼るのはダメじゃからの、今だけ特別といった所じゃ」
「こんな便利な力があるなら、あんたもそれを使ってそれだけ強く?」
「いや、ワシは使っておらぬぞ」
だったら強いのは納得だとでも言わんばかりの彼や横で聞いていた審判に、ワシは障壁は使っていないという意味で彼の質問に対して首を横に振るのだった……




