3193手間
戦いの開始を告げる鐘が鳴ると同時に、ワシに対して攻撃を仕掛けてくるかと思ったが、彼は何を考えているのか、目をつぶって天を仰ぎ二度三度と深呼吸を繰り返す。
今までの試合と違うそんな彼の様子に何かを感じ取っているのか、観客たちも声を上げることなく、固唾を飲んで見守っている。
深呼吸を繰り返し集中したのか、彼は大剣の柄を絞るように握りこみ、カッと目を見開くと獣の咆哮を轟かせ、地面を割らんばかりの踏み込みと共に、斜め下から切り上げるように剣を振りぬいてくる。
彼にとってはこれが最速の一撃なのであろうが、ワシからすれば大振りで見え見えの攻撃でしかない。
そんなモノを止めるのは容易いが、早くに動けば恐らく無理やりにでも軌道を変えてくるだろうから、当たる直前に体を預けてきた子供を支えるような気軽さで、致命の一撃に成り得るそれを止める。
「ふむ。悪くはないが、もっと片手でも使えるような、取り回しの良い剣を使った方が良いのではないかのぉ」
大きく重い剣は確かに一撃の威力が大きく、雑に扱っても折れず曲がらず武器としては優秀なのだろうが、それは十全に扱えてこそだろう。
重く大きいということは扱うためには、それを振う膂力が必要となるが、彼はここに関しては及第点だろう。
だが大きく重いということは、それだけ動きが単調になりやすく、こうやって簡単に受け止められたり避けられてしまう。
「無理やり軌道を変えることも出来るようじゃが、それにも限界があるじゃろう」
ワシが話している間にも、彼は今にも人を食い殺さんばかりの形相で力を込めて、ワシを吹き飛ばそうとしているようだが、残念ながらそよ風で大木を折ろうとするようなものだ。
逆に軽く腕を伸ばすだけで彼ごと大剣を吹き飛ばす。
「振り抜かねば、引き戻すのにも力を随分と使うからの、先ずそこを狙われるじゃろう」
重い物を振り抜くときは、それを御する膂力がなければ、その重さに振り回されることになる。
そうなると振り抜く事が出来ずに止められた場合、そこからもう一度振りかぶるのは重い物を再び動かすということなので、多くの隙を晒すことになる。
「さて、もっと打ち込んでくるがよい」
ワシに吹き飛ばされながらも、大きくバランスを崩す程度で留まっている当たり、彼も獣人の中ではなかなかに強い枠ではあるのだろう。
それでもワシからすれば、その枠も毛先の幅ほどもない小さなモノでしかないが。
体勢を立て直した男は、今度は大剣を大上段へと構え、裂ぱくの気合と共にしっかりと体重をかけた一撃を振り下ろし、尋常ならば防ぐことも難しく、当たればどうなるかなど容易く想像できる重く大きな金属のひと振りに観客たちが悲鳴を上げるが、ワシは陽の光を遮るように掲げた手でまるで雨粒を受け止めるかの如く大剣の一撃を止める。
「結局は自分よりも弱い者しか狩れぬ武器じゃ、やはりもう少し細身で取り回しの良い剣の方がおぬしには合うじゃろう」
「う、動かねぇ」
「当たり前じゃろう、ワシからすれば誰であろうと赤子のようなものであるからの」
男は更に狼の唸り声と共に止められてなお力を込めているようだが、当然剣先は岩に食い込んだようにピクリともしない。
その様を間近で見ている瞳には、ありありとした恐怖と今すぐここから逃げ出したいという怯えが見えるが、それを全て押さえこんでまだここに立てているとは、それだけで彼は十分以上に勇気ある者といえる。
ならばもう少し稽古をつけてやるかと、にやりと笑えば彼はそこに何を感じ取ったのか、ビクリと一瞬体を硬直させ、ワシはその一瞬の隙を突いて刀身を握り彼から剣を奪い取るのだった……




