3192手間
すさまじい歓声の中、幕切れとは実にあっけないもので、前回大会優勝者の剣を相手が弾き飛ばし無手となった相手に剣を突きつけるという、兵士の部の終わりに似たような形で勝負は決まった。
その瞬間、勝った側と負けた側、そのどちらかを贔屓していた観客たちから、全く同じような悲鳴のような歓声が響き渡り、ワシと近侍の子らは思わず手で耳をふさぎそうになるが何とかそれを我慢する。
「ふむ、これで仕舞いかの」
「はい、本来はこの後に各部門の優勝者を讃えて終わりでございますが」
「あの獣人の願いがあるからの」
それを観客たちも理解しているのだろう、表彰など興味がない者は既に帰路につきそうなところであるが、誰一人観客席より立ち去る者はなく、従来通りに優勝者が一人一人讃えられた後に、一般の部の獣人一人だけが舞台の上に残される。
ワシはゆっくりと立ち上がり、貴賓席の縁まで行くと決して大きくない、落ち着いた声音で下に居る獣人へと声をかける。
「今一度聞こう。最も強き者と戦う覚悟はあるのかえ」
「ある!」
ワシの声は目の前にいる者に話しかけるような声量であるが、その声は闘技場に響き渡り、その質問に獣人は臆することもなく覚悟を決めていることがよく分かる、はっきりとした力強い声で肯定する。
それに対し観客たちが大声援で応えワシは満足して鷹揚に頷くと、注目を集めるように手を横に振れば観客たちは打ち合わせをしたわけでもないのにシンと静まり返り、ワシは先程よりやや張った声で宣言する。
「最も強き者、それはワシである」
そして舞台の上に縮地で降り一瞬にして現れれば、観客たちは何が起こったのか理解したわけではないだろうが、再びの大歓声でもってワシを歓迎する。
「今一度問おう、覚悟はあるのじゃな?」
「あぁ」
「お、王太子妃殿下、もしやそのままで戦うおつもりでございますか? それではお召し物が」
大歓声の中、最後の確認とばかりに獣人の男に聞けば、彼は何の迷いもない声で答えるが、何とも無粋な事に審判として舞台に残っていた者が、ワシのそのままの姿で戦うのかと聞いてくる。
今のワシの姿は先ほどまでの視察のためにある程度は軽装ではあるが、王族に相応しいドレスを着ている。
確かにどう考えても戦うに不向きであろうが、それに対する答えはワシではなく対面の獣人の男から返された。
「問題ない。どうせ俺では埃一つ付けることは出来ない」
「ほう、よく理解しておるではないかえ」
「尻尾が二本もあれば英雄になれるって言われてるんだ、それなのに尻尾が九本、どれだけ強いか想像もつかない、正直言えば今すぐ逃げ出したいくらだ」
逃げ出したいそう言いながらも彼は得物である巨大な剣を構えて戦う意思を示し、ワシは再び頷くと邪魔とばかりに審判を下がらせ、開始の合図をするように命を下すのだった……




