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ワシらが試合について話している間にも、彼らは戦いそしていよいよ防戦一方だった側の限界が見えてきた。
攻撃や防御をする動きは明らかに精彩を欠き、その険しい表情をしている顔からは玉のような汗が滴っている。
その姿には誰しもが彼の敗北を悟るには十分なように思える。
「しかし、ここまでくると相手をなぶっているように見えて、あまり良い気分ではないですな」
「ふむ? おぬしらにはそう見えるのかえ」
「素人目にも敗北は必定、そこに攻撃を加えるのはあまりにも」
「いやいやよく見てみよ、精彩こそ欠いてはおるが防御はまだ的確じゃ、それが分かっておるからこそ相手も攻撃の手を緩めてはおらんのじゃよ。なによりあれの目はまだ諦めてはおらぬ、何かを狙っておる者の目じゃ」
確かに完全にもう打ち負かされているようにも見えるが、彼の目はまだ諦めてはおらず、何やら起死回生の一手を待っているかのように輝いている。
いったい何をしてくれるのか、それが成功しても失敗しても、こういった創意工夫というのはワシにはないモノ実に楽しみだと待っていると、前大会優勝者の男が勝負を決めるべく、未だに彼の攻撃を防いでいる盾を弾き飛ばそうと渾身の蹴りを放つその瞬間、相手の男は剣を捨て放たれた蹴りを脇に抱え込むように両腕で捕まえる。
わっと会場が沸くのと同時に、彼はぐるりと体を捻り勢いをつけて掴んだ足を思いっきり放り投げる。
片足を掴まれ重量のある剣を持っていた男は簡単に体勢を崩し、足を放り投げられた勢いで強かに地面に体を打ち付け苦しそうな息を吐く。
「俺の勝ちだ」
その隙に捨てた剣を拾った男は、地面に横たわる男の首元に剣を突きつけ、荒い息で肩を上下させながら、自分の勝利を宣言する。
「くそが…… 俺の負けだ、降参だ」
突きつけられた男は忌々しそうに悪態をつき、次いで憑き物が落ちたような穏やかな口調で降参を口にすれば、それを耳にした審判が試合終了を大きく手を振って知らせ、決着を告げる鐘が鳴り、固唾を飲んで見守っていた観客たちの大歓声が闘技場を包み込む。
「これがあるから、人の戦いを見るのは面白いのじゃよ」
「見事な逆転劇で御座いましたね」
「んむんむ、これだけ見事な戦いを制したのじゃ、彼が騎士になることに異を唱える者はおらぬじゃろう。ふむ、いや、文句を言うものは確実におるじゃろうからの、んむ、ワシの名であの者の資質に疑いなしと保証してお香ではないかえ」
「おぉ、王太子妃殿下の御言葉でございましたら、疑義を挟む愚か者は居ませんでしょうが、ぜひ私共からも一筆書かせていただきたく存じます」
「ふぅむ? おぬしらにはなんぞ、そう言った阿呆の心当たりがあるのかえ?」
「いえいえ、素晴らしい試合を見せてもらった私共の祝辞であると存じていただければ」
「なれば拒む理由もなかうて」
こうして王太子妃と貴族からの連名での推奨という、それを受ける者たちからすれば、どうしてこうなったと叫びたくなるモノが彼らの預かり知らぬところで、着々と決まってゆくのだった……




