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試合が始まるとお互い剣の間合いまで近づいたかと思うと、二人して同じ点を中心としてじりじりと円を描くように移動しながら、ほぼ同じタイミングで踏み込んで一、二合剣を打ち合わせると、また飛びのいて間合いをはかるを繰り返す。
そこだけ見れば一般の部の同門らしき二人の退屈な試合を思い出すが、前優勝者の男はその粗野な雰囲気の期待通りに蹴りを時折混ぜて、反対に準優勝の男はそれを上手く盾で受けいなしており、本人たちにその認識はないであろうが、見ている者たちを十分に楽しませている。
「ふむ、受けておる方がいつまでもつかのぉ」
「今のところ、あちらが防戦一方でございますね」
何も考えずに見れば、お互いが積極的に攻撃を仕掛けているようにも見えるが、よくよく見れば準優勝の男が防戦一方に追い込まれているのが分かる。
何度も自分から打ち込んでいるようではあるが、それは相手の好きなタイミングで打ち込まされているだけに過ぎない。
対して自分は蹴りを何度も盾で受けたりしており、左腕の動きの精彩が段々と欠けていっているのは明らかだ。
「確かに蹴りを何度も受けるのは大変だと存じますが、蹴りではないとはいえ、それは相手も同じなのではございませんか?」
「蹴りと腰の入っておらん一撃では全く違うじゃろうな。しっかりと体重の乗った一撃と、打たされておる一撃では同じように受けたとしても、腕への負担がどうなるかなど火を見るよりも明らかであろう」
「では、このままではあの者は負けると?」
「今のままではの」
手に汗握るように食い入るように見ている者たちに水を差さないように、小声で近侍の子らと話していたのだが、なかなかに耳が良いのか、バッとこちらに顔を向け冷静さを取り戻すためにか一拍置いてから何故防戦一方といったのか聞いてくる。
「お行儀の良い剣というのは、底を上げるにはよいが、上を目指すには天賦の才が必要であるからの、同じ才であるなればあっちの男のように崩した方が強いのじゃよ」
「ですが、あの男はそんな者たちにも勝ってきているのですよ」
「ああいったお行儀の良い型にはまった剣というのは、様々な事に対する対処法も教えておるからの、それで捌ける内ならば負けることはないじゃろう」
要はこういった時にはこうしましょうというやり方を教えているのが剣技だ、それで対処できているうちは負けないが、そこから逸脱する者が相手では勝つことが難しい。
とはいえ逸脱しているが人のやることだ、やりようというのは決まっているので、自分の内にあるやり方を組み合わせれば、そういった者たちにも負けることはないだろう。
しかし、それが出来るのは余程の天賦の才を持つ者か、覚えたことを忘れ、体に染みついたような者でなければ難しい。
「なるほど…… では、王太子妃殿下でございましたら、どう対処いたしますか?」
「ワシならば? ワシなればそうじゃな…… 殴るかの」
その質問をするならば近侍の子や騎士のやり方だ、近衛に聞くのが一番だろうになぜワシに聞くのか。
よりにもよって一番役に立たない回答が返ってくることが分かり切っているだろうにと、ワシに変わり近侍の子たちが苦笑いして自分たちの場合を伝えるのだった……




