3183手間
フェイントとは本命を隠すために気を逸らすためのモノ、見え見えの隙で誘うのも本質としては同じものだ。
しかしワシからすればどちらも無意味だ、気を逸らしたり隙を見せたところで直ぐに反応できるので、簡単に防げるし致命傷を与えれる。
「ふむ、そんな事より試合が動いたようじゃな」
フェイントなどを交え終始堅実に有利に事を運んでいた前大会の準優勝者であったが、相手の体勢が崩れたとみるや一気呵成に畳みかける。
「見事な連撃ですね、どの斬撃も奇麗につながっている。しかし、あの剣技は兵士というよりも、どちらかと言えば騎士のような?」
「よく気付かれましたね。仰る通り、彼は騎士の家の出なのです」
「ほう? 騎士の出じゃというのに、騎士の部に出んでもよいのかえ」
「彼自身は騎士ではありませんので。彼の祖父が騎士でして、その祖父から剣の手ほどきを受けた為にあのような剣技を使うのです」
「なるほどのぉ。しかし、それならばやはり何故騎士にはならなかったのかの」
「彼の父が騎士ではないので、王太子妃殿下であればご存じとはありましょうが、何らかの実績がない限り騎士になることは不可能ですから」
「優勝なれば実績としては十分かえ」
「王太子殿下は準優勝でも良いとは仰られておりますが、やはり優勝の方が箔付けとしても良いので」
騎士爵は一代限りではあるが、その子は貴族同様に準騎士になる資格がある。
もちろん無条件でとはいかないので、必ずなれるとは限らないが、それでも実績などなくともその資格を有するのとしないのでは、騎士への道というのは雲泥の差だ。
そして問題となるのが、その資格を有するのは騎士の子のみで、孫にはその資格はない。
当然、騎士の子が騎士となれば、その子である孫も資格を有することになるが、それは祖父関係なく父に由るものとなる。
「しかし、騎士から剣を教わった者を負かしたということは、前の優勝者も似たような境遇なのかえ?」
「いえ、その者は生粋の平民でして、騎士になるつもりもないようです」
「なるほど。純粋に強かったという訳かの」
騎士となるために、その道を阻むのは自分が望む騎士になる資格を持っているのに要らないと捨てるような者。
彼の心中はいかほどのものか、いや、実際はすでに持っているのだが、先程の試合の獣人のようにケチを付けられたような気分で、それでは騎士になったとしても胸を張れないだろうと思うのはよく分かる。
とはいえそれを傍から見る分には、全く以って趣味の悪い事ではあるが実に良い酒の肴であろう。
そんなことを話しているうちに、下では騎士を目指す男が、まるで始めから筋道を立てていたかの如く見事に勝負を決めるのだった……




