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一番強い奴と戦いたい、こんな大会に出るのだから、出場者は大なり小なり同じ願いを抱いては居るだろう。
しかしそれをわざわざ優勝者の願いとして叶いたいと叫ぶとは、まぁ決勝戦があんな幕引きだったのだ、そう叫びたくなる気持ちも理解できるが、そうでなくても叫んでいたような気がしないでもない。
「一番強い奴と戦いたいとは、何ともいじらしい願いではないかえ」
「彼らにとっては重大なことですし、何よりさっきのような事になっていますので」
「ちょっと良いか? 一般の部とはいえ優勝したのだ、最後にケチが付いたとはいえ、最強を証明していると思うのだが」
彼の願いを叶えるのは兵と騎士の部門が終わってから、興奮冷めやらぬ獣人の選手を下がらせワシは再び席に着くと、話を聞いていた貴族の男が近侍の子に話しかけてきた。
事実、過程はどうあれ優勝したことで彼は自身の最強を示したのだ、それでいいではないかという感情がその言葉には多分に含まれている。
「勝敗ももちろんですが、最も大事なことは強いモノと戦った、戦っている、その事実なのですよ」
「だからこそ優勝したのではないか?」
「おぬしは、他の者があやつに値するほど強かったと思うかえ?」
「はっ、いいえ、彼の圧勝で御座いました」
話の中で急にワシが語り掛けてくるとは思っていなかったのか、貴族の男はビシリと姿勢を正し上官に応えるかのような雰囲気でかっちりとした言葉を返す。
「申し訳ございません王太子妃殿下、夫は当主の座を継ぐまでは騎士をやっておりまして、どうも未だにその時の癖が抜けないようなのでございます」
「よいよい」
豪奢な服装に似つかわしくない、その軍人然とした受け答えに苦笑いしていると、彼の横に居た婦人が申し訳なさそうに頭を下げてその理由を説明する。
とはいえその堅苦しい受け答えは、騎士というよりも兵士のようだが、まぁそこは各騎士団の特色だろうと深くは追求せずに胸の内にしまっておく。
「しかしながら、優勝者であれば次の大会にも間違いなく出場できます、そこで再び証明をすればよいのではないかと愚考いたします」
「彼らには、その次までの間が惜しいのじゃよ」
「次までの、で御座いますか?」
「んむ、彼ら獣に寄った者たちは、その寿命が普通の獣人の半分ほどなのじゃよ」
二十も半ばを過ぎれば長生きで、三十を超えれば大往生、そう言えるほどに彼らの寿命は普通の獣人たちからすれば短い。
その分だけ優れた身体能力を有しているのだが、だからこそ武闘大会による名誉は比較的簡単に手に入るだろう。
しかし、ただの名よそれだけではどうにでもならない問題がある、そう言えば未だビシリとせ背筋を伸ばした男だけでなく、他の者たちも一体どんな問題がと固唾を飲んでワシの言葉を待ち、ワシはその期待に応えるように重苦しい雰囲気で一言「嫁探しじゃ」と答えるのだった……




