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準決勝の二試合が終わってしばし、決勝が始まる段となり意気揚々と獣人の男が舞台に現れるが、その対戦相手の男は現れると剣を抜くことすらせずに両手を上げて、審判に向けて棄権を宣言する。
その動作を見て声は聞こえずとも何を示したかが分かったであろう観客たちがざわめきはじめ、そこへ答え合わせとばかりに審判が声を張り上げ選手の棄権と獣人の男の優勝が決まったことを告げる。
「くっくっく、見てみよ、あの至極不満そうな顔を」
「棄権などされては、あんな顔になるのも当然でしょう」
観客たちも棄権で優勝という状況に戸惑い、歓声をあげていいものかどうかざわついているが、それ以上に獣人の不満そうな顔がおかしく、くつくつとワシと近侍の子らは苦笑いをする。
そんな風に獣人の男の表情について話していると、ワシのすぐ近くの席に座っていた貴族の男が恭しく跪き、直答の許可を求めてきた。
「ふむ、このような場じゃ、直答を許そう」
「恐悦至極に存じます。王太子妃殿下とその近侍の方々は、彼の者の表情が分かるのでございましょうか?」
「当然であろう、同じ獣人であるのじゃからの。とはいえじゃ、表情は分からずとも、その心境は分かるであろう?」
「仰られる通りでございます」
武闘大会に出ているのだ、己の武によって勝利をつかみ取りたいと思うのは至極当然のこと、彼は正にその瞬間はしごを外されたのだ、不満に思う以外の何があろうというのか。
しかもだ、彼はそこまで思い至っていないだろうが、棄権とはいえ優勝は優勝、しかしそこに今後ずっとケチが付くことになる。
「おぬしらはその目であやつの力を見たのじゃ、その優勝に疑義を挟むことなぞないじゃろう」
「はっ、仰られる通りで。まさか人が木の葉のように吹き飛ぶさまを、この目で見ることになるとは思いも致しませんでした」
「しかしじゃ、口さがない者たちは、相手の棄権で手に入れた優勝という所だけをあげつらい、あやつを非難するであろう」
「残念ながら、そのような輩が目に浮かぶようでございます」
「んむ。じゃから、怪我などで致し方なく棄権した者以外には、泥をかぶって貰おうではないかえ」
彼我の実力差を悟ったとはいえ、実際の戦場ではないのだ、何もせずに棄権なぞ臆病風に吹かれたと言われても致し方ない、いや事実そうであろう。
なればそういった臆病者には相応の罰というのはなんだが、泥をかぶって貰おうではないか。
「特にいま棄権した奴にはのぉ。退屈な試合を見せられた上に、あやつに恥をかかせおった。今後の出場禁止と、準優勝の取り消しあたりが妥当かの」
「では、準優勝は誰の手に渡るのでございましょう」
「それはあの者と果敢に戦い負けた者でよかろう」
一瞬で勝負はついたとはいえ、何もせずに棄権をしたやつとは違い果敢に立ち向かった者こそが相応しいであろう。
あの臆病者も、同じように防御に徹しでもして降参をすればまだ違っただろうに、何もしなかったからこそ獣人の男が後ろ指を刺されることになるやもしれないのだ、当然の処置、一生臆病者の誹りを受けて生きればいいのだと、憤懣やるかたないといった風にワシは指示を出し、そのように今ここで宣言するよう、闘技場の係りの者に伝えるのだった……




