3176手間
獣人の持つ身の丈ほどの大剣は、先ほどの試合同様に布でぐるぐると巻かれているのだが、あれで打たれれば刃を隠していようが致命傷になるのは間違いないだろう。
そして大会故に戦えば逃げることは出来ず、真正面からその大剣の圧力と相対せねばならない。
ともなれば生きるか死ぬかの戦場ではなし、仕事をする上で致命的な怪我を回避するためにも棄権をした者を臆病者と誹るのは憚られるだろう。
事実、接待の者によれば今回棄権した者に対して、普段はよくあるらしい臆病者などという野次は飛んでいないという。
「相手も両手で扱う大きさの剣ですが、アレを前にすると棒切れのように見えますね」
「そうじゃのぉ」
獣人の扱う剣はその長さだけでなく幅も大人の胴を隠すほどあり、それからすれば一般的な両手持ちの剣はどれも小枝のように見えてしまう。
当然重量も全く異なり、もし打ち合えば確実にその重さでへし折られるはずだ。
そうなると打ち合いや剣を盾にするような使い方が出来なくなり、つまるところ避けるしかないという、普通に戦うならばかなり厳しい状況に戦う前より追い込まれているという訳だ。
「そろそろ始まるようじゃな」
「そのようでございますね」
二人が所定の位置に付き審判が少し距離を取った瞬間、試合開始の鐘が鳴りそれと同時に獣人の選手が、対戦相手に向けて一気に間合いを詰める。
その姿は正しく狼の如く四つ足で走っているかのような身をかがめての突進から、踏み込んだ足で突進の速度を剣に乗せて相手の斜め下から切り上げる。
しかしこの突進は彼の十八番でこの大会中で何度も見せてきたのだろう、獣人が剣を振ると同時に対戦相手の男は後ろへ飛び退る。
だが当然それは獣人も予想していたのか、獣の如き方向を上げながら更に一歩踏み込めば、相手もそれに素早く反応し剣を盾にしながらももう一歩飛び退ろうとするが、流石に領手で扱う大きさの剣だ、とっさに引き寄せたせいでバランスを崩し後ろに倒れこみそうになったところを、暴風を纏ったと思わせるほどの音を上げて獣人の剣の腹が相手の剣にぶつかり、その勢いで対戦相手の男は吹き飛びその勢いで剣はあらぬ方向へと飛んでいき、男は地面を何度か跳ねて転がる。
それは一瞬のことで固唾を飲んで見守っていた観客たちは、何が起こったかを理解するのに数拍の間を要した後、どっと地面を震わせるほどの大歓声をあげる。
「ふむ、お互いなかなかの素早さじゃったの」
「はい、見た目こそ派手に吹き飛びましたが、さほど痛手は受けてないでしょうね」
男がバランスを崩した瞬間、獣人は手首をひねりとっさに剣の腹を向け勢いを殺し、打たれた男も自ら後ろへとさらに飛び、剣を持ったままでは危ないからと放り投げている。
そしてゴロゴロと転がったのも、殴られた勢いを殺す為であろう、しっかりと受け身を取ってから転がっている。
近侍の子らの言う通り、見た目こそ派手に吹き飛んで転がったが、事実すぐに立ち上がった男は転がった剣を取り、構えるかと思いきやその両手を頭上に掲げる。
「降参だ、今ので手を痛めた」
男の降参を聞いた審判が獣人側の腕を掲げると、けたたましい鐘の音が聞こえ、試合の決着を告げると再び闘技場を大歓声が埋め尽くす。
「なかなか潔いですね」
「両手か片手か、どちらにせよ痛めた手ではまともに剣は振れんじゃろうからの」
先ほどのだらだらとした試合と違い、派手に一瞬でついた勝負に観客は大興奮のようで、まるで決勝が終わったかのようにしばらく歓声は鳴りやむことないのだった……




