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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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300手間

 ぺちぺち、ぺちぺちと何かがワシを叩く感触に薄っすらと目を開く。


「んぬぅ? スズリや、なんじゃぁ…?」


 ぼんやりとした頭で枕元を確認すれば、腹を晒し伸び切ったうどんのように寝ているスズリの姿。


「うぅん? おぬしではないのかぇ」


 スズリが起きない程度にスズリのお腹をこしょこしょと堪能した後、ではこっちかとぐるり尻尾を巻き込みながら、体を百八十度反転させる。


「むぅ…おぬしでもない…と…」


 スズリの反対側の枕元、こんがり焼かれたパンのように丸まって寝ている狐。

 この二匹では無いとすれば誰がと寝ぼけた頭で考えるが心当たりはない、侍中であればもっとスマートに起こすだろう。

 そもそも朝になれば、ワシの場合勝手にすっきりと目が覚めるのだから、未だ夜は明けていないのだろう。


「寝直すかのぉ…」


「あっ…まってねえや、寝ないで起きて!」


「うぬぅ?」


 ゆっさゆっさと体が揺さぶられるので観念して上半身を起こせば、そこにはカルンの姿が。

 改めて顔を周囲に巡らせても、明かりはカルンが点けたのか行灯の薄明かりだけ。

 空気はひんやりと冷たく、耳をピクピクと動かしても聞こえるのは、スズリや狐の寝息と行灯の火が燃える音、そして見回りの者であろう足音だけ。


「なんじゃ…まだ夜も明けておらぬではないかえ」


「ねえや、見に行ってみようよ」


「んんぅ? 何をじゃ…? まだ外も暗いじゃろうし夜警の篝火くらいしか見えんじゃろうて……」


「寝る前に侍中の人が言ってたじゃないか、夜中に昔の(つわもの)が出てくるって」


「あの話は、よくある寝付かぬ子供を怖がらせるための作り話じゃろうて…ほれ、アホなことを言うとらんで寝直すのじゃ」


「だから確かめに行くんじゃないか」


「じゃったらカルン一人で行ってくればよいじゃろう…夜警が見回りしておるじゃろうし」


 子供はお化けを極端に怖がるか興味津々になるか両極端だなぁ…と思いつつ、足音からかなりの数の夜警が居るのは分かっているので、一人で行って来いと布団に潜り込みながら伝える。


「それじゃダメだよ。兵は魂だけの存在って言ってたし、万が一何かあったらねえやの右手で何とかできるでしょ?」


「魂はダメじゃぁ…あれはマナでは無いからのぉ……魂をどうこう出来るとなれば女神さまだけじゃ。ワシに出来るのは魂に結びついておるマナをひっぺがすくらいじゃ」


「えぇ…行こうよ! 一人じゃつまらないよ」


 何時になく幼い感じで、ゆっさゆっさと布団に引きこもったワシを揺らすカルン。


「わかった…わかったのじゃ、お屋敷一周だけじゃよいな?」


「やった! じゃあ早速行こう」


 タタタと行灯を手に持ち待ちきれないとばかりに、寝室の引き戸に手をかけるカルンを追い、のっそりと布団からスズリと狐を起こさないよう這い出る。

 寝室のすぐ外は縁側を挟み見事な庭に面しているのだが、今は暗晦(あんかい)に沈みカルンの持つ行灯の光の外は窺い知れない。

 カルンの持つ行灯はガラスの代わりの、薄く削り出された木材ごしの明かりは柔らかく宵闇の中ではよい雰囲気を醸し出すのだが、今は逆にそれがいつぞやのダンジョンを連想させ不気味さを増している。


「うぅむ…」


「いないねぇ……あっ!」


「ひえっ! なんじゃおったか!?」


 キィキィと鳴く廊下を幽霊を探しているからか、ゆっくりゆっくりキョロキョロと、あたりを見回しつつ歩くカルンが突然大きな声を上げる。

 その声にカルンの声にびっくりして両肩を縮こまらせて辺りを素早く見回すが、特に何も見当たらない。


「あーごめん、遠くの篝火だった…」


「そうか、そうじゃろうそうじゃろう。 さっさと周って寝ねば夜の寒さは体に悪いからのさっさと行くのじゃ」


「うーん…」


「あとワシらと夜警以外おらんとはいえ夜中じゃからな、大声をあげぬように」


「はーい」


 大声をあげられてはびっくりする、もちろん夜警が…だが、王族としても急に大声をあげるのは端ないだろう。

 その後、順調に屋敷を半周ちょっとした頃に、しきりにカルンが首を傾げ始める。


「んー?」


「どうしたのじゃ?」


「いやーなんかあそこ…ぼんやりと光ってない?」


「そ、そうかの? 夜警もおるしその明かりじゃないかの」


「だって今まで誰にも会ってないんだよ? おかしくない?」


「む…言われてみれば確かに…じゃな」


 屋敷の構造を把握していないため何処にというのは分からないが、足音は確かに聞こえるため夜警はいるはずだ。

 だが確かにカルンの言う通り、寝室を出てから一度も夜警とすれ違ったりしていない。


「じゃあ…あれは…なに?」


 カルンが指差すさきを恐る恐る見やれば、ぼんやりとした明かりに照らされた真っ黒な何か…。

 それが廊下の角から、こちらを伺うように揺らめいている。


「ひゅい!」


「わっ!…ととと…」


 マナを感じられないそれに思わずカルンに抱きつくと、たたらを踏んだカルンが行灯を取り落としその衝撃で明かりがふっと消えてしまう。

 すると黒い何かは一際大きく揺らめいて、その脇…廊下の角からにゅっと何者かが首を出しギロリと緑に光る目がこちらを見つけたのか睨みつける。


「きゅぅ…」


「え? あっ!? ねえや? ねえ――」


 カルンがワシを呼ぶ声が段々と遠くに離れ、ふっと声が聞こえなくなったところでワシの意識も闇に落ちるのだった…。

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