31手間
副ギルド長のイアンと共に拠点に戻った後、結局その日は拠点で一晩過ごすことになった。
施設の探索、マザースライムとの戦闘等で気が付かなかったが、随分と時間が経っていたようで拠点についたころには十刻を過ぎていた。
それに何よりもアレックスら三人が、実はかなり無理をしていたようで、拠点に着いても目を覚まさなかった。
とりあえず救護室で三人の無事を確認した後、いい匂いにつられて食堂へ行くと、今回の調査するハンター達のために食事が作られていた。
今日の献立のビーフシチュー(の様なもの)と黒パンを食べ、女性用の洗い場で軽く体を拭いてから寝ることにした。
拠点も既にかなり増設されていて、出発時には簡易的な休憩所くらいしかなかったが、男女別の簡易宿舎までできていた。尤も、男女比の問題で男性側が2倍以上大きいが。
女性用の宿舎に入ると、ちょうどサンドラを運んでくれたハンターの人が居たので、軽くお礼を述べてからそそくさとベットに入り、すぐに寝息を立て始めた。
翌朝、副ギルド長といえど女性宿舎まではさすがに入れないため、代理の人が起こしに来てくれた。
軽く身支度を整え宿舎を出ると、既にピシッと身だしなみを整えたイアンが立っていた。
「おはようございます。本来であればもっとゆっくりしてもらうべきなのですが、昨日の話を聞くに直ぐにでも話を通したほうが良いだろうと判断したので、昨晩のうちに伝令に走ってもらいギルド長に話を通してあります。なので、私と一緒に街まで戻ってもらいます」
「おはようなのじゃ。さほど疲れてはおらぬし、ワシとしては別に良いのじゃが、アレックスらはどうなっておるのじゃ?」
「彼らは二、三日様子をここで見てから街に戻るよう治療師に言われてますので、まずは貴方だけですね。あと、宝珠持ちの方は特にですが、こういうマナが多い場所では確かに疲れにくくはなるのですが精神的には普通に疲れるので、小まめに休憩をとることを忠告しますよ」
「おすすめ、ではなく忠告なのじゃな。まぁ、前にも誰かに言われた気がするし、しかと受け止めとくのじゃ」
「えぇ、体が疲れないからと無茶をして、集中力を切らしてケガを負ったり死んだりする新人も多いので」
「それでは出発しましょうか」とイアンが歩き出す。
出口に向かう途中、何人もの人とすれ違った。既に晶石鉱山として稼働しつつあるようだった。
外に出てみれば、立派な小屋と何かの祭壇、さらには木材などが積み上げられた資材置き場とそこで働く人々が目に入る。
「おぉ、昨日の今日でここまでとは凄まじいの。ところで、あの小屋と祭壇は何なのじゃ?」
話しつつも歩みは止めず、気になったものについて訊ねてみる。
「小屋は衛兵の駐在所ですね。ここは晶石鉱山となるので、一般の人や盗掘をする人が入らないように、という目的ですね。あの祭壇は獣人の方には縁があまりないと思うので、知らないのは当然ですね。あれは木を切り倒して道を造るので、それを世界樹に祈るための祭壇です」
「なるほどのぉ。それにしても、取り掛かるのがちと早すぎやせんか?」
「ここは晶石鉱山になる可能性もありましたし、魔物の巣窟だったとしても、その魔物を外に出さぬよう定期的に狩るため、駐在所と道はどのみち必要という事で即座に手配してあったのですよ。駐在所も、予め街である程度組み立てておいたものを腕輪にしまって持ってきていますので、そこまで時間はかからないんですよ」
「即断即決が出来ることは、ギルド職員としては必須技能ですよ」と言って話を締めくくられた。その後も洞窟内であったことを聞かせてほしいと言われたので、最奥までたどり着くまでの話などをしていたら、いつの間にか街についていた。
「そういえば、朝食を食べていませんでしたね。六刻も近いですし、昼食も兼ねて何処かで食べましょうか。もちろん私が奢りますよ」
西門をくぐったところでイアンに言われ、そういえば良いお店も知らないので、イアンがおすすめというお店に着いていくことにした。
「ここは騒がしい連中は寄り付かないので、落ち着いて食事ができてオススメなんですよ」
そういって紹介してくれたお店は、なるほど小洒落たカフェといった外観の、ワイワイ騒いでメシを喰い酒を飲むといった人種にとっては近寄りがたい、落ち着いた雰囲気を醸し出した良い感じのお店だった。
「おぉ、これは良い店じゃのぉ。アレックスに連れて行ってもらったところは山賊の酒場といった感じじゃったし、ワシも今度からここを使うかのぉ」
にぎやかなのも嫌いではないが、やはり食事は落ち着いて食べたい派なので、こういった雰囲気のお店の方が好みだった。
「それではどうぞ、お嬢さん」
そういって扉を開き中へとエスコートしてくれる。アレックスにも似たような事をされたが、あちらは完全にジョークとしか言いようが無かったが、イアンは実に様になっていた。
「これが格の違いというやつかの」
内装も外観に負けず劣らずの小洒落た空間で、ロフトのような二階席もあり、外から見た印象よりも随分と広いようだった。
広い店内は食事時を少し外している為か、ちらほらと人がいる程度だった。
「いらっしゃいませ、お好きな席へどうぞ」と店員に促されたので入り口から少し離れた席に座ることにした。その時もイアンは自然と席を引いてエスコートしてくれるあたり、ずいぶんとモテるのだろうなとぼんやり考える。
この日のブランチはカリカリのベーコンの塩気が良いアクセントになっている少し多めのサラダに琥珀色のスープ、そしてお決まりの黒パンの組み合わせにした。
イアンは食事中は喋らない主義なのか、静かに綺麗な所作で食事を取っていた。
「ふぅ、ごちそうさまじゃったのじゃ」
「いえいえ、お粗末様です。それでは改めてギルドに向かいましょうか」
「んむ」と頷きイアンに続きギルドへと向かう。ギルドでは受付嬢のフリーに「無事で良かったー」と思いっきり抱きしめられた。
そんなフリーの反応に、数日も離れていないのに、何となく数か月ぶりに帰ってきたかのような懐かしさを感じる。
「では、こちらにどうぞ」
「んむ、フリーもまた後での」
手を振って応えた後、イアンの案内でギルド長室に入る。
「おう、待ってたぞ。お手柄だったそうじゃないか。まぁ座れや」
熊のようなおっさんが着席を促してくるので、向かいのソファーにちょこんと腰掛ける。
「イアンに聞いたが、俺たちだけに話したいことがあるんだって?」
熊が獲物を狙うかのような鋭い視線で単刀直入に聞いてくる。
「んむ、イアンから聞いてると思うのじゃが、他言無用に出来るのであれば、じゃ」
「それについては納得済みだ。というわけで話してみろ」
口だけでなく手でも早く話せと急かしてくるので、施設で見つけた日記やその内容について話してゆく。
「なるほど、あの洞窟の奥にあった施設では人工的に魔晶石を作り出す研究や兵器を作ってたってわけか」
両手を組み、目をつむって考えをまとめるようにギルド長が頷く。
「魔晶石や強力な兵器は確かに魅力的だが、魔晶石から魔物が生まれ、兵器は戦争で使われたら人死にが増える。正直デメリットがでかすぎるな。確かに、これは他のハンターに聞かせられない」
「そうですね、魔物は現状でも十分対処可能ですし、わざわざ戦争の引き金になりそうな技術も不必要ですね。まったく、十二歳の考えることとは思えませんよ」
ギルド長、イアンと続いて感想を述べてくる。
「ところでセルカよ、他言無用とはいったが、本部のギルド総長と各支部のギルド長には知らせてもいいか?ここ以外でも似たような施設が見つかる可能性は十分ある。その時こういった技術が流出してしまうかもしれないからな。俺たちだけが口をつむってても意味がない」
「そう言う事であれば、ワシは何の問題も無いのじゃ。不要な技術は不要な争いを生むだけじゃしの」
「よし、話は決まったな。イアンはさっそく書類の準備をしてくれ。そしてセルカ、お前には今回の功績を称え、カカルニアギルド支部ギルド長クレスの名のもとに二つ名〖白狐〗を名乗ることを許可する」
手早くイアンに指示を出した後こちらに向き直り、熊の様な容姿には似合わない、初めて聞く名前と共にそう伝えられる。
「特定の事で名をあげたならば、それに伴った二つ名になるんだが…今回は多角的な働きだったからな。容姿から二つ名をとった」
「なんというかまんまじゃの…」
肩をすくめれば、熊も肩をすくめて苦笑いをする。
「よし、それじゃ後は報酬だが、晶石鉱山の発見報酬と調査成功報酬、魔石の買い取り報酬で一財産できるぞ。あとで受付で貰ってくれ」
あとは話もないから、ゆっくり休んでくれと退出を促されたので、受付で今回狩った魔石の買取をお願いして、その他の報酬を受け取った。
魔石の方は後日来るアレックスらの分と合算してくれとお願いしておいた。それでも残りの報酬だけで金貨十数枚分もの金額になった。フリー曰く、選ばなければ一軒家が十分買える位らしい。
そそくさと腕輪に金貨を収納し、報酬をもらい本当にひと段落ついたと実感すると、一気に疲れが押し寄せてきたようで、まだまだ陽は高いがさっさと宿を取りすぐさまベッドにもぐりこんだ。
あと一話くらいで一章として区切ろうかと、章のタイトルはどんなのにしようかな。
 




