299手間
色とりどりの小鉢、様々な花や葉を模った器が座卓の上に咲き誇る。
その器には、蜜や雫の代わりに一口二口程度に分けられた、煮物から焼き物まで様々な料理が乗せられていた。
「ほう…これは…」
そんな色鮮やかな数々の品よりも、何よりワシの目を引いたのは、朱塗りの椀に盛られ艷やかに輝く白いモノ。
「んふふーやはりこれじゃのぉ…」
「んー? 味が殆どしないんだけど、これは何?」
ワシが幸せそうに頬張るソレに興味を惹かれたのか、やはり箸を使うのはまだ無理なのでスプーンを使い同じものを食べるカルン。
しかし、しっかりと味付けされた料理などと違い、ソレそのものには味は殆ど無い。
それを美味しそうに頬張るワシと、ソレ自体が何なのかよくわからないのだろう、不思議そうな顔で側の侍中に何かと尋ねる。
「これはお米と呼ばれる穀物と、麦を一緒に炊いたものでございます」
「ふーん? それでこれはどう言う料理なの?」
「こちらは料理という訳ではなく、王国のパンなどと同じようなものでございます」
「これをスープなんかにつけて食べるんだ?」
「市井ですとそのように食べる方もいらっしゃいますが、あまり行儀の良いものではございませんので、箸休めの様に食べていただければ」
箸休めという言葉を理解できてないのか、首をかしげるカルンにどう説明したら困り顔の侍中。
「要は他の品の合間合間に食べれば良いのじゃよ。確か詳しい作法もあったはずじゃが…スプーンを使っておる時点であったもんではないがの」
「えぇ、箸を料理の上で遊ばせないなど、箸に関する作法ばかりですので…我が国でお料理に関する作法はただ一つお残しをしないこと、それだけでございます」
「ほほう、それは何とも気楽でよいのぉ」
「目上の方がいらっしゃる場合は、目上の方が箸をつけてから食べ始めるというのがございますが、それも作法といいますより目上の方に対する敬意の表し方のようなものですので」
堅苦しいことが苦手な獣人の気質がよく表れていると思う。お残しをしないのも目上が手を付けてからというのも、作法というよりも一つの群れだった頃の名残の様な…。
「しかし、スズシロや。 変わらずお主らがワシに付いていて良いのかえ? この屋敷付きの侍女がおったであろう?」
「侍従どもでございますね? ご安心を。セルカ様にお付きします侍中は、私だけでございます。 王太子様に付いている彼女を除き、他の侍中も元の任に戻っておりますので」
「いや、そういう事では無くての? おぬしは侍中頭であろう? 抜けても大丈夫なのかえ」
「私が抜けた程度で、どうこうなる軟弱者はおりませぬ故。それに私がセルカ様にお付きしますのは、女皇陛下直々の命でございます」
このお屋敷に着いた時、入り口にずらりとざっと見ただけで二十名の侍女…ではなく侍従か、彼女たちが控えていた時はぎょっとしたものだ。
スズシロが言うには彼女たちはお世話専門で、護衛の任は門外漢なので対外的にも護衛として侍中が残るのは分かるのだが…。
「もちろん警固も控えておりますので、内郭までたどり着く賊も居らぬとは思いますが、どうぞご安心ください」
「あぁ、うむ…その辺りは心配しておらぬ」
なぜ王太子であるカルンよりもワシに重きを置いているのか、単純に考えれば女性上位の国でさらに同じ獣人だからという事だろうが…。
「ま、直接聞けばいいかの」
ぽそりと呟き、お米の入った椀と同じ、朱塗りの盃に注がれた酒を飲み干す。
「ささ、もう一杯どうぞ。 セルカ様ご希望のお刺身によく合うお酒を用意させていただきましたので、ぜひとも合わせてご賞味を」
空になった盃に透明な酒を注ぎつつ、スズシロが料理を勧めてくる。
確かにこのクッと引き締まった辛味のあるお酒はお刺身によく合いそうだ、ただ常温なのが残念だが…。
「ふむ、このお刺身には何かつけたりするのかの?」
「こちらの豆の塩漬けを、お刺身の上に乗せて食べるのが我が国では一般的であります」
「ほほう……これは! うむ! 良いのぉ」
少し豆が残ったこげ茶色のペースト状のそれを乗せ、刺し身を一切れ食べる。
液状では無いものの味はまさしく醤油のそれ、口に残る風味すらも逃さぬようにすかさず盃を傾ければ、思わず相貌が崩れる。
「御気に召して頂けたようで何よりです」
「うむうむ、最高じゃのぉ」
こちらに行くことを王に言われた当初は面倒なことに巻き込まれたものだと思ったが、これは何とも行かされて良かったとつくづく思う。
王国に戻った後も、暇があればちょくちょくこちらに来るのも良いかもしれない。ワシにかかれば山越えなぞ大した労力ではない。特にこの料理を思えばなおさら。
それに竜騒ぎのため、今は封鎖されているだけで陸路は確立されているのだから、行き来するのはそう難しいものでもない。
「ねえや…だいぶ食べてるみたいだけど大丈夫なの?」
「うん? おぉ、ワシが少食なのはそのくらいで大丈夫なだけであって、食べれぬ訳ではないからのぉ。 それに先程聞いたであろう?お残しは許しません…とな」
「そうなんだ…確かにこれだけ美味しければこの位あっても全部食べれそうだしね」
「お褒めに預かり光栄です王太子様」
その後、料理に舌鼓を打ち作法に則り綺麗に平らげ、器も下げられ料理の余韻に浸りまったりしていると、スズシロがここで小話を一つと手をぽんと打つ。
先程まで座敷の隅で侍従に出された肉を食べてた狐を膝にのせ、まるまった狐をなでながらスズシロの話に耳を傾ける。
「この地は大きな戦が絶えて久しいのですが、昔は戦が当たり前の日々があったそうで…」
「ふむ、王国もそうであったようじゃしのぉ…」
「それでこの地も幾度、戦の場となったことか…」
スズシロから昔話を聞けるのかと思っていたが、なんだろう…嫌な予感がする。
「戦が終わり久しいですが……未だに出るのです」
「な…なにがじゃ」
「戦で散った兵どもが…です」
まるで脅かすかのようなスズシロの声音に、知らず知らずの内に膝に乗っていた狐を胸に抱く。
「余程無念なのか、未だにこの界隈を大地に還ること無く彷徨っているのです」
「へー、でもそんな所に居て大丈夫なの?」
「ご安心ください、彼女らは既に耳も目もなき魂だけの存在。こちらから手を出さねば何も致しませぬ、それに出てくるのは何故か草木も寝静まった頃ですので」
「そう、なら安心だね」
「う、うむ。そうじゃな」
話し終えスズシロが部屋を辞すると、すぐにカルンに今日はもう寝ようと提案する。
カルンも先程の話を聞いて寝ることに否やは無いのか、いつもより早めではあるが布団に潜り込み目をぎゅっとつむり眠りにつくのだった…。




