297手間
野盗に襲われた後、殊更警戒しながらということもあり、町にたどり着いたのはもうすぐ日も暮れようかという時分。
自分の狩猟の成果を誇りたい侍中たちは、スズシロによって抑えられ、彼女がまとめた報告をワシは聞くこととなった。
しかしスズシロの話も「セルカ様たちもお疲れでしょうし後日」といわれ、その日は結局野盗の話を聞くこと無く就寝することとなる。
「して昨日はどうじゃったのじゃ?」
「はい、先日の賊ですが十名ほどの集団でした」
「ふむ…そやつらから、何ぞ話は聞けたかの?」
スズシロが昨日の今日ということもあり、ワシらの乗る馬車に護衛を兼ねて同乗し、昨日の事を報告する。
十名の賊、馬車一台だけ襲うならそれなりの数だろうが、護衛付きを襲うなら少なすぎる。
「一応話は聞けたらしいのですが…」
「ですが…?」
「私どもを襲う前にたまたま襲った商人から、ここを身なりの良い奴らが通るから、と教えられたからとだけしか」
「ふぅむ…ワシらを追い越していった馬車なぞ、港出てからから沢山おったしあながち変ではないのじゃが…」
命あっての物種なのはどこも一緒、助かるために他者を生贄に差し出したのは…褒められたものではないが、そこまで悪し様に言うような事でもないだろう。
差し出された側は堪ったものではないが、それでもまぁ…特段突飛な話というものでもない。
「それで昨日は聞けなかったのじゃ、何ぞ良い武勇でもあったかのぉ?」
「それなのですが……」
「うぅむ?」
途端スズシロの歯切れが悪くなる、昨日ワシに話を聞かせようとした侍中たちの勢いから、それなりに面白い話が聞けると思っていたのだが…。
「確かに彼女たちの連携は日々の訓練の成果といって相違ないものでした、ですが…野盗どもは皆男だったのです」
「ふむん?」
野盗…追い剥ぎなどをするいわゆる盗賊たちを構成するのはだいたい男だろう、それを何故スズシロは肩透かしだったとばかりに吐き捨てるのだろうか。
「それがどうしたのじゃ?」
「え?あっそうでした…その……お恥ずかしい話しながら野盗と言えど元は皇国民…」
「それはそうじゃろう、国境付近ならば兎も角…どこの国にも食い詰め者や爪弾き者というのはおるものじゃ」
「それで我が国の民ですので…大抵野盗というのは女なのです。乗合馬車を襲う時は男をさらって残った女は仲間になれば良しならねば…」
「なるほど…のぉ…。 じゃったら捨て駒として使われておったのではないかえ?」
「それも考えましたが、交戦した侍中どもの話ではとても捨て駒として使うには惜しい練度の者たちだったとのことです。 無論男としては…ですが」
捨て駒戦法とも思ったが、スズシロの話では十人全員討ち取ったとのことだったので、練度云々関係なく十人を捨て駒にするのは悪手だろう。
これが何千人も居るような大盗賊団であれば話は別だが、それにしたってそんなに数が居れば単純な話、百人で囲めばいい…わざわざ十人だけで行く必要もない。
「無論それだけで、賊が壊滅したわけでもなかろう?」
「えぇ、どうやらこの付近にアジトがあるらしいということだけは分かったのですが、それ以上は何も…根性だけは見上げたものでした」
「何をもってそう言っておるかはあえて聞くまい。それでどうするのじゃ? 仇討ちだ何だのと暴れ回られても後味が悪いのじゃが」
「その点に関しましては問題ございません。先日お泊りになった町の防人たちに事後処理を任せてきましたので…特に街道警備は念入りに更に証言で得られた一帯の捜索を」
「ふむ、万全と言えるのじゃが…さほど大きな町では無かったようじゃったが、よくそれだけ手を広げれるの? 常の事を怠っては本末転倒じゃぞ」
確かに人も多く活気もあり栄えた町ではありそれに見合っただけの兵は常駐しているであろう。だがそれだけ手広くするほどの兵が居るとは思えなかった。
町中の警備も駆り出してというのならば出来るかもしれないが、盗賊退治の為に町中に盗賊をはびこらせてはそれこそ意味がない。
「お恥ずかしながら、以前お話しました大規模な野盗狩りを行った防人たちが、皇都への帰還途中あの町で一時装備の点検の為に滞在していたのです」
「ほうじゃったか」
「その野盗狩りで討ち漏らした者たちの仕業とあって、彼女たちも残党狩りだと息巻いておりましたのでセルカ様を襲った不埒者の仲間なぞ、正に散りゆく花の如しでございます」
「あー怪我ないように気をつけよ…とはもう言えぬが、んむ。無事であれば良いがの」
「侍中ではないとはいえ我が国の誇りある防人たち、野盗どもを見事討ち取ってご覧に入れるでしょう」
「それは何とも頼もしいのぉ」
「盛り上がってるところ悪いけど、サキモリって何?」
今までふんふんと話を聞いていたカルンが思わずといった風に聞いてくる。
そういえばワシも知ってる単語故に思わず聞き流していたが、もしかしたらここでは全く違う意味かもしれない。
「防人というのは…そうですねそちらで言います軍や兵に当たる者たちのことです、その力で持って民を護る人であるという事を努々忘れぬよう、そのように呼ばれ称しているのです」
「なるほどのぉ…」
カルンの質問が火に油ではなく、唇に油をさしたのか野盗どもの話なぞどこへやら。皇都に着くまで滔々と防人についての話をスズシロはし始めるのだった…。




