295手間
次の宿場町に泊まれば、その次はとうとう皇都というところまでやって来た。
といってもワシらがしたことと言えば馬車にひたすら揺られているだけ。魔物も獣も全て侍中の露払いによって馬車の歩みを止めることはない。
筈だったのだが…また道の途中で馬車が停止している。特に大きな音や揺れもなく轍に嵌ったわけでは無さそう。
轍に嵌ったのでないのなら、道を塞ぐ倒木でもあるのかと思ったがどうやらそうでも無さそうだ、馬車の中からでも分かるほど侍中たちがピリピリとしている。
「何ぞあったのかえ」
「はっ、申し訳ありませぬ…何者かがこの先伏せている様なのですが…獣の血でもかぶっているのか如何せん鼻が利きませんで…」
「ふぅむ、野盗かの?」
「何とも…」
御者へと小窓を挟んで話しかければ、余程何者かに注視でもしていたのか。
いま気付いたといわんばかりに、慌ててワシへと御者が説明する。
「ぬぅ……確かに、ワシでも分からぬのぉ」
「ねえやでも?」
「執拗なまでに臭いを消しておるんじゃろう。何がどれほど居るかすらわかぬ。 この辺りには小角鬼どもしか居らぬと聞いておったが、あやつらがそれ程知恵が周るとも思わぬ…なれば…」
息すらも草の吐息ほどもしていないのか何も感じられない。スズシロ曰く王国との境にある山脈あの付近を除き、小角鬼ぐらいしかこの国には脅威足り得る魔物は居ないらしい。
その小角鬼、数は多く多少の道具も使いこなす程度の頭はあるのだが、獣人の…ワシの鼻を誤魔化すことが出来るほどの知恵は無い。
「だから野盗?」
「可能性は高いの、それも只の野盗では無さそうじゃ」
「もしや…」
「うん? 何ぞ心当たりでもあるのかえ?」
「はい…最近皇都から港に掛けてを念入りに野盗狩りしたのですが、一部それから逃げ仰せた集団がおりまして…まさかこれほど早く戻ってくるとは」
しかし、この先に伏せている野盗と言うには少々不自然だ。四六時中馬車の窓から外を見ていたわけではないが。
宿場町を出てここにたどり着くまでの間に、幾つもの…荷馬車かは知らぬがそれなりの数の馬車とすれ違う音を聞いたのは覚えている。
「確かに…殆どが乗り合い馬車でしたが、幾つか荷馬車もありました。お眼鏡に叶わなかったのか…襲われはしたが逃げれたにしても、みな慌てる様子もこちらに警告することもありませんでした」
「ワシらが目的…というのは少々自惚れ過ぎかのぉ…」
疑念を御者へと話してみれば、その様な答えが返ってきた。襲う獲物を選んでいるのならますます小角鬼など魔物の線はありえまい。
だがそれでも獲物の選び方がおかしすぎる。乗合馬車は襲ったとしてもせいぜい多少の食料や手持ちの品にはした金。
乗合馬車の乗客を人質にして、身代金をなどと考えても乗合馬車に乗るような人ではそこまで期待はできない。
なれば見逃されたとしても不思議ではない…が、荷馬車が見逃されているのが引っかかる。
荷が空であるならばとも思うだろうがそれはあり得ない。満載こそしなくとも必ず何かは荷を積んでいるはずだ、でなければ無駄が出てしまう。
中身が何であれ荷であれば、人を拐うよりも易く金になるし食料にもなるそれを放っておくのは…護衛が居たとしてもワシらほど厳重ではない。
「狼にでも見られておる感じじゃし、こちらを獲物と見ておるのは確実じゃなぁ」
「えぇ…ですが敵がわからぬ今、迂闊に動くわけにも…」
「よくそんな事が分かるね…」
「なに、カルンも場数を踏めば容易く読めるようになるのじゃ」
「んー、そんな場数は踏みたくないなぁ…」
「然りじゃな」
カルンはワシが居るからだろうか、流石に狙われてるとわかって多少は緊張しているものの侍中たち程ではない。
確かにカルンの言う通り、命を狙われる場面なぞ、そうそうお目にかかりたいものではないものだ。
「なればワシが出て…」
「それはなりませぬ、ここはどうか私どもにお任せください。侍中最精鋭の矜持にかけましても」
「しかしのぉ…」
護衛対象に助けてもらうというのは、なるほど屈辱ではあろうがそれで旅路に支障があっては…。
そう思い座席から立ち上がり外へ出ようとしたワシを止めたのは、侍中の言葉ではなくカルンの手だった。
「ねえや、ここは任せてあげよう。 上に立つ者、任せてやるのも仕事うちだって父上も言ってたし…ね?」
「はぁ……仕方あるまい。手傷までは許す、じゃがそれ以上となればワシが出る」
「はっ…それでは車中にて、どうぞごゆるりとお待ちくださいませ」
ぽんと肩に置かれたカルンの手と、王から聞いたらしい至言に溜めていた息を吐き出し、乱暴に先程まで座っていた場所へと座り直す。
野盗の対処を侍中に任せる旨を伝えれば、先程までの緊張はどこへやら侍中の軽い冗談と共に小窓がパタンと閉じられた。
「ワシが出ればすぐじゃろうに…」
「そういうのじゃ無いと思うんだよ。矜持っていうのは…」
「男の…というやつかの? じゃがあやつらは女じゃろうて」
「似たようなものだよ」
「そんなもんかのぉ…?」
周りがこんな雰囲気だと言うのに、まるでそんな事知ったこっちゃないとばかりに耳をタシタシと、後ろ足で掻く狐の姿に軽く笑みを漏らし、何があってもすぐ動けるようにと気を張り直すのだった…。




