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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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293手間

 湯上がりといえば、健全な色気を表現するにはこれ以上無いほどの場面だろう。

 実際ここの物語にもその手の話はわんさとある。まぁ大抵は風呂上がりの姿ではなく水浴び後の姿だが…。


 風呂というのは富裕層の中でも一部の者くらいしかはいらないので、風呂上がりなどと書かれていてもピンと来ない人が多い。

 むしろ風呂…というものそれ自体を知らない可能性だってある。


「だと言うにカルンめ、とてもお似合いですよ、の一言だけとはまったくじゃ!」


 昨晩…というには早い頃だったが、温泉から上がりスズシロに貰った浴衣姿を見たカルンの反応に、一人部屋で憤慨する。

 風呂上がりの色気の要素である濡れた髪や上気した肌は、法術を使うためすっかり乾き、頬も酒が入っていたため多少上気はしていただろうが、部屋と温泉に距離があるため目に見えるほどは火照ってはいなかった、とは言えだ…。

 多少目は見張っていたものの、期待していた反応とは違っていた。


 恋人同士ならいざ知らず、違うのだから反応が薄くとも問題は無いのだが、それはそれ反応を楽しみ、ふふんと鼻を鳴らしたいではないか。

 なので今朝また温泉に入り、わざと髪の乾きを甘くし小走りで部屋に戻ってきた。


「なのにじゃ…あやつめ、早く朝食にしましょう、じゃと…?」


「セルカ様、少しよろしいでしょうか?」


 一人と言ったがそれはカルンが居ないと言うだけで、侍中であるスズシロたちは居る。

 獣人はワシをはじめ皆耳が良い、防音が施された部屋でもない限り内緒話なぞ筒抜けなのだから、一人愚痴を言う場面にいたところで問題ない。


 今のも実際はからかっても、反応がイマイチ面白く無かったので愚痴をこぼしただけだが。

 他から見れば婚約者の反応に憤懣やるかたないといった様子に見えるだろう。反応の薄さに関しては所詮、男なぞそんなものだましてや恋愛経験のない者であればなおさら。


「なんじゃ? あやつに何ぞ良い反応でもさせる手でもあるのかえ?」


「私どもでもアレに反応しないとなると…いえ、そうではなくてですね。もしよろしければ、この町のお社にお参りに来てはいただけないかと思いまして」


「ほう、この町にはあるのかえ」


「はい、今までの宿場町は文字通りの宿場のみの町でしたので、一応あるにはあったのですが…何と言えばよいのでしょうか……簡易的なお祈りのための祭壇に屋根がついたようなものとでも表現しましょうか。そういうものしか無かったので」


 祠のようなものであろうか…なるほど確かに今までの宿場町は、ただ寝泊まりができればいいだけといった雰囲気だった。

 そんな実用一辺倒な場所の人たちは信仰も疎かろう。精々安全を祈るくらいでスズシロの話を聞く限り物流路の色が強いようだし、本格的にお参りするような暇も人も居なければ社も立つまい。


「良かろう、どうせここにおったとて暇を慰めるだけじゃ」


「ありがとうございます」


 部屋に戻ってきたカルンに、一応同じことを聞くも二つ返事で頷いたので、早速スズシロの案内でこの町の社に向かうのだった。

 社があったのは、ありがたいことに宿のほど近く町の中心から外れた場所にひっそりと佇んでいた。


「ほう、ここがそうかの」


「はい、ここがこの町のお社でございます」


「何というか、意外と普通な場所なのじゃの」


 町の道からそれ社の敷地へと踏み入れると、石畳が社であろう建物まで一直線に続いているが、特徴があればと言えばそれくらいしか無い。

 鳥居の様なものなども無く、社自体もごくごく普通な…せいぜい多少立派な平屋といったところだろうか。


「お社はお参りと、多少人々が集まるくらいの場所でございますので」


「ふむ、その割にはお参りの人は少ないの。ワシらとしては人でごった返しておるよりは余程ありがたいが」


 人が集まればそれ目当てのお店などが出そうなものだが、世が違えば慣わしも違うのは当たり前なのでそれは置いておいて。

 ワシの見える範囲では、一人二人と参拝客か社の者か分からぬが多少立っているだけで、人の集まる場所というスズシロの説明には首を傾げる他無い。


「こちらはこの町で最も位の高い社ではございますが、町中に出張所とでも言えば理解していただけるでしょうか、みなそちらにお参りに行ってしまっておりますので」


「なるほど、人が少ないのはそういう理由じゃったか。 それよりもスズシロや…この狐の数はどういうことじゃ?」


「狐が女神様の使いと言われているのは以前話したと思うのですが、その為にみなお社に居る狐を可愛がりますので、それで野生の狐が集まってこのような事に…」


「それにしても…みなこちらを見ておるのぉ」


 社前の広場はまるで狐のふれあい広場かと思うほど、それなりに広い場所では有るものの両手ではきかない数の狐が居る。

 そして、その狐たちは未だ社に続く石畳に足を乗せてないワシらのことを、じっと一様に見つめてきている。


「セルカ様を気にしているのではないでしょうか」


「襲ってはこんじゃろうが、これはこれでなかなか迫力あるのぉ」


 一歩踏み出せば、座っていたものは立ち上がり二歩踏み出せば、寝ていたものも起き出してこちらへとみな集まってきた。

 石畳の入り口と社の中間、丁度広場の真ん中あたりにたどり着いた頃にはすっかり周りを狐に囲まれてしまった。


「なんじゃお主らは、エサなぞワシは持っておらんぞ」


「やっぱりねえやの事を、仲間だと思ってるんじゃ」


「流石にこれは、仲間じゃと思っておるものの反応では無い気がするのじゃが?」


 カルンやスズシロ、他の侍中たちには目もくれること無く狐たちはみなワシ目掛けて殺到してくる。

 端から見ればワシがエサの袋でも持っているのではないかと思うほど、けれどもワシは手ぶらで何も持っていない。

 それに狐たちの態度…というのもおかしいかもしれないが、エサを強請るようなものでもなく、もふもふもふもふと体をすり寄せてくる様なものだ。


「しかし、これではお参りも何もあったもんではないのじゃ。落ち着くのを待つ場所なぞないかの」


「あちらに休憩用の椅子がございますので、そちらに」


 スズシロが示す方には木で作られた簡易的なベンチ、そこへ周りの狐を蹴飛ばさぬ様に慎重に向かう。

 何とかベンチへとたどり着き座り込むと、低くなったワシの体に今がチャンスとばかりに一匹の狐が駆け上り、ワシの膝枕を占領する。


「まったく…何じゃお主らは…野生の狐では無かったのかえ」


 ワシの膝枕を占領し丸くなる狐に、それに遅れて恨みがましそうにワシの太ももに顔を乗せる狐や、それにすら遅れた狐たち。

 まるで狐専門の動物園のふれあい広場かと思うほどの慣れ具合、ワシの膝枕やももに顔を乗せている狐に至っては野生を忘れたかのようにだらけきってしまっている。


「まぁ、害もなし。喧嘩をする様子もないようじゃし、これはこれで良いものじゃが…お参りは出来そうにないの…カルンやお主だけでも行ってくるのじゃ」


「そうだね、その様子じゃ動けそうに無いし行ってくるよ」


「うむ、気をつけての」


 カルンが、スズシロと数名の侍中を残し社の方に行くのを見届けると、膝の上で丸くなっている狐を撫でる。

 すると他の狐たちも撫でろ撫でろとばかりに頭をすり寄せてくる、本来の目的とは違うがこれはこれで幸せな状況なので何の問題はない。


 結局ワシはその後もお参りすることは叶わず、お昼のために宿へと戻るまで狐のもふもふに囲まれ続けることになったのだった…。

このお話はフィクションです、実際の野生の狐は寄生虫が居る可能性が高いので、手を触れないようお願いします。


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