30手間
尻尾のさきっちょだけ黒い、真っ白なオコジョとじゃれ合っていると、
サンドラがもの欲しそうに、人差し指を唇に当てこちらを見ていた。
「おぬしも、モフるかの?」
そう言って、オコジョの前足の下あたりを両手で抱えて差し出せば、
目を輝かせ、すさまじい速さで奪い去っていった。
オコジョもびっくりしたのか、固まってしまっている。
「驚いて固まってしまっとるではないか、もっとやさしゅう扱うのじゃ」
「あはは、ごめんごめん。余りにもかわいいから、ついつい」
言いつつも、モフるのをやめないサンドラ。
じゃれてるときは気にもしなかったが、何もしていないと少々肌寒い。
ポンチョを再度だしてから、尻尾を抱えて丸まる。
「あら、さっきの格好もかわいいのにやめちゃうの?」
「んむ、やはりこの辺りは肌寒いからのぉ」
「そう言えば、見たことない動物だけど、この子の名前は何ていうの?」
「ん?あぁ、そやつは恐らくオコジョという名の動物じゃ。鳴き声がワシの知るオコジョと違うから別の種かもしれんがの」
そもそもこの世界にオコジョが居るかどうか以前に、
状況的に見てほぼ確実にあの剣が変化した存在であろうオコジョを、動物といっていいか謎だが。
「んーそう言う事じゃなくて、この子の名前よ!セルカちゃんに懐いちゃってるみたいだし」
そう言ってサンドラが差し出してくるオコジョを受け取り、その顔を覗き込みつつ話しかける。
「ふーむ、この子の名前のぉ…。おぬしはどうしたい?このまま自然で暮らすかえ?」
そう聞くや否や、手からするりと抜け出し、腕を伝い頭に駆け登ってくる。
「コン!」
ここが良い!とばかりに一鳴きする姿に思わず頬が緩んでしまう。
「そうかそうか、ワシと一緒がいいか!それでは良い名前を考えねばのぉ」
頭に乗っているのを捕まえ、頬ずりをする。
頬ずりするのを止め、少し離して全体を見ながら名前を考える。
「ふむ、しっぽの先だけちょこんと黒くて筆のようじゃのぅ、フデ…うーむ、捻りがないの、んむ…硯、スズリでどうじゃ!」
見た目はオコジョなのに鳴き声は狐、捻くれた特徴には丁度良いだろうと、筆に墨をつける道具の名前を付けることにした。
「コン!」
それで良いと上機嫌に鳴いてまた手を抜け出したので、頭に登ってくるかと思ったらワシの尻尾の中に隠れてしまった。
何事かと思えば、沢山の足音。ようやっと応援のハンターが到着したようだ。
入り口を見れば少し遠くに灯りが揺れていて、それなりの人数が此方に向かっている様が見える。
「やっとこさ応援が来おったようじゃの。これで漸く帰れるかのぉ」
やっとの援軍に、最低限とはいえ引き締めていた気を緩め、ぼんやりとして到着を待つ。
応援の到着に気が緩んでいるワシらとは対照的に、すわ一大事と駆けつけてきたハンター達の表情は厳しい。
そのハンター集団の先頭に、副ギルド長であるイアンが居た。
そのイアンはワシを見れば、リーダーであるアレックスを差し置いて、ワシの下に話を聞きに来る。
「緊急の合図を聞いて駆けつけましたが、大丈夫ですか?」
「んむ、その緊急の用は排除したから大丈夫じゃ。まぁ無事とは言えんがの」
そういって三人を見ればワシに話しかけてきた理由を理解する。
緊張の糸が切れたからか、三人は気絶したように眠っていた。
「なんでワシにと思ったが、そういうことじゃったか」
「そうですね、あなただけが平気そうでしたので。ここであったことを話していただけますか?」
三人は拠点に連れて帰るようで、背負われて外に出ていくところだった。
「簡単に言えば、この建物だけなのか、それとも洞窟全体かはわからぬがダンジョン化しかけておった、と言ったところかの」
スライムと戦った事や、そのあとマナの暴風で三人はあのようになったこと、三つの部屋のことなどを話す。
「ふむ、あの三人が昏倒するほどのマナの暴風を受けて平気ですか…大まかにはわかりました。ほかに何かありますか?」
「そうじゃの…っと出てこい、こやつらは平気じゃよ」
そう自分の尻尾に話しかけるセルカを不思議そうに見つめるイアンだったが。
ワシの声に応えて尻尾からちょこんと顔を出すオコジョを見て、バッっと手を口に当てた。
「えっと、その動物は?」
「んむ、スズリというのじゃが…拾った」
「拾った…ですか?スズリというのはその動物の名称です?」
「スズリというのはこの子の名前じゃの、種の名前であればオコジョじゃの…ワシの知ってるものであればじゃが」
尻尾から抜け出して、頭に登ってきたスズリを撫でつつ答える。
「まぁ、拾ったのなら別に問題ないと思いますよ。よほど凶暴なら問題ですが、見た限り大丈夫そうですし。意外と旅先でペットを拾ってくるハンターっているんですよ」
「そうか、それはよかったのじゃ。このあたりで拾ったからよこせと言われるかと思っとったんじゃ」
「基本的に取得物はハンターのものですから問題ないですよ。既に持ち主がいれば別ですが。それ以外にはなにかありますか?」
「他にか…んむぅ、特には………いや、あるの…しかし、ここでは話せぬ。街に帰ってから、ギルド長も含めて三人だけで話したいの」
「三人だけで…ですか?」
「んむ、他の者の聞き耳、盗聴もダメじゃ。そして内容を他言無用できるならば、じゃ。問題はあるかの?」
顎に手を当て目を瞑り、熟考した様子のイアンはしばらくして口を開き。
「ギルドや街に不利益を齎さないのであれば、話さない事は別に問題ありません。いいでしょう、その条件を飲みます」
「それは良かったのじゃ。ワシが話さなくても不利益はないはずじゃ、むしろ知らないほうがよいという類の話じゃな」
「それを後から言いますか…それを言うということは、知っておいたほうが良いということでしょうし、大丈夫です。しかし、到底十二歳の話しぶりとは思えませんね」
「ふっふふ、わしは特別じゃからの」
まさか精神年齢的には十二歳プラスαとは言えず、久しぶりに腰に手を当て胸を張りドヤ顔をする。
「それでは細かい話は道中で聞きつつ、ここの調査は他のハンターに任せて我々は拠点へ戻りましょうか」
そういって歩き出すイアンの後ろを、今度こそやっと終わったかと一つ伸びをして着いていく。
入り口でふと振り返ると、何人かのハンターが、崩れかけた台座などを調べているのが目に入る。
「喚び出されたあやつは何を思ったのかの…幸せじゃったのじゃろうか」
場合によっては奴隷よりひどい扱いを受けると聞いているせいで、思わずそう考えてしまう。
しかし、誰かのために命を賭けたのだ。きっと悪くはなかったろうと頭を振って考えるのをやめる。
「大丈夫ですか?」
後ろを振り返り立ち止まっていたワシを心配したのか、イアンが声をかけてくる。
「いや、何でもない。ちょっと感慨深くなっただけじゃ」
きっと呼んだのは、この施設を止めてくれという彼らの叫びだったのかもしれないと、柄にも無いことを考えつつ拠点へと帰るのだった。
ひとまずこれにて洞窟編終了です!
あとはこまごましたものを書いて、次の話へ移りたいと思います。
ダンジョンに行けるようになる15歳まで話を飛ばすか、その途中も入れるか。
そのあたりの話をまとめるのに数日、もしかしたら開くかもしれませんがご了承ください。




