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女神の願いを"片手ま"で  作者: 小原さわやか
女神の願いで皇国へ
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286手間

 最初の宿場を出てから三日、森の中にこの国は有るのではないかと思うほどのひたすら森、森、森の景色。

 ときおりワシらの馬車とすれ違ったり、追い越したりする荷馬車や馬に乗った人たち、それと小川を幾度か並走したり越えたりした程度。


 魔物や野犬の類は侍中の人たちが、こちらの目につく前にさっさと森の中で片付けたりしていたため、ワシの出番なぞなかった。

 さすがこの手の察知能力は、ヒューマンとは比べものにならない素早さで、サッと馬から降りてはサッと消えて、サッと戻ってくるので余計な心配する必要もない。


 そして四日目の今、遂に旅程に狂いが出た…と言っても一日二日、寧ろ半月ほどズレる等は当たり前なので狂ったとも言えないだろうが…。

 何にせよ三日目に着いた宿場で、ワシらは今も足止めされていることには変わりない。


「よく続く雨じゃのぉ…」


「こんなに雨って降るものなんだねぇ…」


 サーサーと目が覚めた時から続く雨音を背景にお茶をすすりながら、カルンと充てがわれた旅館(・・)の一室でくつろぐ。

 カカルニアでは、これで植物がまともに育つのか? と疑問に思うほど雨が殆ど降らない。

 ラ・ヴィエール王国では雨はそれなりに降るが、それでも草木を育むのに丁度いい程度で、朝から降る雨が昼になっても止まないという事は無かった。


「しかし、これでは雨が止んだとしても、一日は足止めされそうじゃのぉ」


「止んだのなら大丈夫じゃ?」


「この程度…と言ってもこれほど続く雨じゃ、道が泥濘んで馬車が足を取られかねん」


「あぁ…なるほど」


 雨はサーサーと雨具を着込んだ人であれば戸惑う程の量ではない。それでも長時間打たれ続けるのは堪ったものではないだろうが。

 それよりも問題は道の具合である。街道故に踏み固められてはいるだろうがそれだけ。舗装もされてないし土や石がむき出しの道、一日も雨が続けば転けたら即席の泥人形が出来るほどの泥道に早変わりするだろう。


「ま、今までの様な旅籠では無いのは幸いじゃのぉ」


「ハタゴ?」


「昨日まで泊まっておった、旅人用の宿のことじゃな」


「変わりないように思えるけど」


 ワシに言われてキョロキョロと周りを見渡すカルンだが、ワシが幸いだと言い切る程の違いは見当たらなかった様で首を傾げている。

 確かに寛いでいる部屋はパッと見そこまで旅籠のものと違いはない、せいぜい囲炉裏やらがある程度だろうか。


「ふむ、まずは平屋ではないの」


「確かに今まで見てきた建物はみんな一階建てだったけど」


「うむ、それと街道筋に無いの。町の中心からも離れた、川を橋一つ隔てた辺鄙な場所にある」


「それが何か?」


「んむ、今までの旅籠は街道を通る人が休憩するための宿じゃったが、ここはその街道から同じ町中とはいえ離れておる、つまりじゃここに泊まるのが目的の宿というわけじゃ! 何より温泉があるのじゃ!」


「嬉しそうなのは分かるけど、オンセンって何?」


 思わず声が弾んでしまうが、カルンはそもそも温泉というものを知らないようで、またも首を傾げている。

 確かに、王国では湯が湧き出る場所があるというのを聞いたことが無い。と言っても港街と王都しか知らないのでもしかしたら有るかもしれないが、何方にせよ王族に知られるほど有名ではないだろう。


「温泉というものはじゃな、湯が湧き出る泉のことじゃ」


「湯が湧き出る泉…? 確かに珍しいけど…それが? この天気じゃ見るのもあまり」


「温泉はのぉただの観光地なぞではないのじゃ、一言でいうなれば天然の風呂じゃな」


「なるほど…確かに最初からお湯が沸いてるなら手間がないね」


 曲がりなりにもカルンは王太子なのだから風呂には当然の様に入ることが出来る。しかしその手間をかけたことは一度も無いと思うのだが…。


「それだけではなくの、地から湧き出る故に色んな良いものが混じっておっての、怪我によく効いたり痛めた体に良いのじゃよ」


「ねえや、どこか痛めたの?」


「いや、ワシは生まれてこの方、体を痛めたことは……あー、ある…かの。いやまぁ、今は無いがの」


 言い切ろうとして、南のダンジョンでゴーレムに殴り飛ばされたときやお腹を痛めたのも、体を痛めたうちに入るのだろうかとふと思い言葉を濁す。


「そう…なら良かった、でもそれなら入る必要はあるの?」


「うぅむ、それはなんと言えば良いかのぉ…うーむ」


 カルンだけでなく、この世界の人たちにとってお風呂というのは、ただ単に体の汚れを落とす方法で一番豪華なものである、という程度の存在。

 その豪華な風呂に毎日入れるカルンでさえ、体を拭くだけでも文句は言わないほどに優先度が低いものなのだ。


「うむ、ならば今から入って温泉の良さを感じてもらおうかの!」


 なれば体験させるのが早いと、手をパンパンと叩いて外に待機している侍中を呼ぶ。


「何か御用でしょうか」


「うむ、この宿にある温泉に入ろうと思うての」


 入ってきた侍中に対し、立ち上がり握りこぶしを作って宣言する。


「今から…でございますか?」


「それがよい…が、何やら問題でもあるのかの?」


 言い澱む侍中に、握りこぶしを下げ首をかしげる。


「その…大変申し上げにくいのですが……この雨ですので、本日の温泉は……」


「な…なんじゃと……」


「ご、ご安心ください。雨が上がりましても道の状態の確認が取れるまでは滞在いたしますので」


「う…うむ、そうかえ…では雨が上がるのを楽しみにしておくのじゃ…」


「御用はそれだけで?」


「うむ…あーいや、そろそろ昼を頼むかの」


「かしこまりました」


 侍中が部屋を辞すると、へたりとその場に座り込みへなへなと座敷机に顔を乗せる。


「おんせん~」


「そんなに楽しみだったの……」


 楽しみにしていた食事が、それ来月からなんですよって言われたような気分だ…。

 そんなワシの様子に、心配そうに声をかけてくるカルンへ生返事をしながら窓の外の雨を恨めしそうに睨むのだった…。

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